君が好き

 

39

 

 

 

    庭に投げ捨てられたパソコンが壊れてしまったことは、 2階にいる朔巳の目にも

明らかだった。

  カバーが開き、 ひび割れた液晶画面が覗いている。

  砕けた破片が辺りに飛び散っていた。

 「あ…あああ……っ」 

  朔巳は悲鳴を上げながら、 部屋を飛び出そうとした。

  その行く手を多谷の体が塞ぐ。

 「退いて……っ 弘海…弘海の……っ」

 「朔巳っ 良く見ろよ。」

  嫌がる朔巳を強引に引き戻すと、 窓から下を見せる。

 「あれはただの機械だ。 壊れた機械だ。 弘海君じゃないっ もうお前を縛るものは

ないんだっ」

 「弘海……弘海……っ」

  朔巳の目に無惨に転がる機械の残骸が映る。

  それはどんなに朔巳が必死に見つめても何も伝えてこない。

  ただ無機質な光を放つだけだった。

 「弘……海…」

  朔巳の心の中の何かが弾ける。

  目の前が真っ暗になる。

 「朔巳……っ」

  多谷の声を遠くに聞きながら、 朔巳は意識を失った。









  くすくすくす………

  どこかで誰かが笑っていた。

  それは朔巳にとって懐かしい、 とても懐かしい声だった。

 ” 弘…海……?”

  目を開けると、 すぐ側で弘海が自分を見て笑っていた。

 ” 何やってんの? 兄さん、 こんな所で ”

  そう言われて周りを見ると、 何もなかった。

  ただ暗い真っ暗な空間に自分と弘海だけが存在していた。

 ” これは夢……?”

  自分を見て笑う弘海の顔に、 朔巳は自分が夢を見ているのだと思った。

  夢ならば……

  朔巳は言いたくて言えなかった言葉を弘海に告げようとした。

 ” 弘海、 ごめん。 俺………”

 ” どうして謝るの? 兄さんが何をしたの?”

  弘海は無邪気な笑みを朔巳に向け続ける。

 ” だって俺……ずっとお前に黙っていた。 俺も和春が好きなのにお前に言えなくて

ずっと心の中でお前を……”

 ” 兄さんは悪くない。 僕は多谷さんが好きで、 兄さんも多谷さんが好きだった。

それだけでしょ? どうして好きになることがいけないの?”

 ” あ………”

  弘海の言葉に朔巳は心が軽くなるのを感じた。

  そう、 単純なことだったのだ。

  二人とも多谷が好き。

  ただそれだけのことなのに……

  朔巳の目から涙がこぼれる。

 ” 仕方ないよ。 僕はもう多谷さんに会えないんだから……残念だけどね”

  そう言って舌を出して笑う弘海は生きていた頃の、 朔巳の記憶にある弟の姿だった。

  そうだ。

  どうして忘れていたのだろう。

  弘海は、 弟は自分を責めるような人間じゃなかった。

  自分の好きなように思いのままに動き、 いつも楽しく笑っていた。

  毎日を思いきり楽しんでいた。

 ”弘海…………”

  朔巳は愛しい弟の名を震える声で呼んだ。

  ありったけの思いを込めて呼ぶ。

  弘海は朔巳の気持ちを理解したかのようににっこりと笑った。

 ” これ、 返してもらうね。 兄さん、 全然僕に渡してくれないんだもん。 困っちゃったよ”

  そう言う弘海の手には、 あの壊れたパソコンがあった。

  弘海はそれを大事そうに抱えると、 じゃあねと朔巳に手を振る。

 ” 多谷さんをこれ以上困らせたらダメだよ”

 ”弘海……っ”

  弟の姿がゆっくりと薄れていく。

 ” 大好きだから。 今でも兄さんのこと、 大好きだよ”

  だからもう気にしないで。

  弘海は最後にそう笑うと朔巳の前から姿を消した。

  残された朔巳の周りを温かい空気が包んだ。









  ゆっくりと朔巳は目を開けた。

  見なれた天井が見える。

 「朔巳? 気がついたか?」

  声がする方に目を向けると、 多谷が自分をじっと覗きこんでいた。

  朔巳は多谷の顔を見ながら涙が溢れてくるのを止めることが出来なかった。

  言葉が出てこない。

  朔巳は言葉にならない思いを込めて、 多谷に向かって腕を差し伸べた。