君が好き
40
ゆっくりと日々が過ぎていった。 また大学に通いはじめた朔巳は、 周りの全てが何故か以前と違って生き生きとした 色を持ち始めたことに気付いた。 何もかもが以前と違って見える。 キャンパスを歩いていた朔巳は、 ふと足を止めて上を見上げた。 花開きはじめた桜の木が、 優しい桜色に色づき始めている。 朔巳の頬を春の風が撫でていった。 「朔巳?」 隣で自分の名を呼ぶ声がする。 顔を向けると、 多谷が自分を見ていた。 その目には温かい感情が浮かんでいる。 あれから、 多谷はずっと朔巳の側に付き添っていてくれた。 弘海のパソコンを失った朔巳は、 しばらく感情をなくしたようにぼうっとした日々を 送っていた。 何も考えられなかった。 今までの苦しかった様々な思いが消えてしまい、朔巳の心の中には空虚な穴が ぽっかりと開いたようだった。 多谷のこともなかなか受け入れられなかった。 多谷が好きだという気持ちはずっと朔巳の心の中にあった。 どうしても忘れられなかった想いはまっすぐ多谷だけに向けられている。 しかし、 すぐにその想いを全て認めるわけにはいかなかった。 朔巳の心のどこかでまだ引きとめるものがあった。 少しづつ、 少しづつ自分を認めていく。 そんな朔巳に多谷は何も言わず、 ただ側にいた。 もう強引に朔巳から言葉を引き出そうとはしなかった。 時々不安になり鬱々とする朔巳に、 「愛してる」 と囁きその腕に抱きしめてくれた。 朔巳はだんだんと自分の心が癒されていくのを感じた。 まだ弘海のことを思うと、 胸が痛む。 この痛みは薄れることはあっても決してなくなることはないだろう。 それでもいつかは優しい痛みに変わるのかも知れない。 朔巳は心の中に戻ってきた弘海の笑顔にそっと語りかけた。 忘れないから…… お前のことも、 お前の気持ちも、 ずっと忘れないから…… どこかで弘海が嬉しそうに笑っているように感じる。 朔巳は隣で自分を見ている多谷の手をそっと握った。 多谷の手が自分の手を握り返すのがわかる。 うっすらと笑みを浮かべながら、 朔巳は多谷の体に寄り添った。 まだ、 多谷に自分の想いをはっきりと言葉にしてはいなかった。 多谷が 「好き」 という言葉を待っているのはわかる。 しかし、 なかなか気持ちが落ち着かない朔巳を気遣って言葉にしないことも。 「愛してる。」 寄りそう朔巳の肩を引き寄せて、 多谷は耳元で小さく囁いた。 その言葉に、 朔巳は心の中が温かくなるのを感じた。 陰りのない微笑を浮かべて、 そっと多谷を見上げた。
ずっと使っていなかった自分のメールを開く。 そして、 多谷に初めて自分自身の名でメールを送った。 それには一言だけ書かれていた。 ” 君が好きです ” と。
|