君が好き

 

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   「俺……自身の、 言葉?」

  朔巳は多谷の言葉を呆然と繰り返した。

  多谷の言葉は朔巳の心に混乱を引き起こした。

  今朝、 自分が多谷にメールを送ったことは覚えている。

  しかし、 何と書いたのかまでは詳しく覚えていない。

  そうだ。

  最後に弘海の気持ちを多谷に伝えようと、 文を付け加えたのだ。

  でもあれは………

 「あれは……弘海の気持ちだ。 俺が弘海の代わりに………」

 「違うだろうっ あれはお前の言葉だ。 俺にはわかったよ。 あれがお前の本心なんだ。」

 「違う……っ」

  朔巳は多谷の言葉をさえぎるように両手で耳を塞ぎながら激しく首を振った。

 「違う、 違うっ! 俺はそんなこと書いてないっ!」

 「朔巳っ!」

  自分の気持ちを否定し続ける朔巳に、 多谷の方が痺れを切らした。

 「来いっ!」

  朔巳の腕を掴んで、 強引に2階へと階段を上がっていく。

 「お前の部屋は? ここか?」

 階段を上がってすぐの扉を開く。

  中を見ると、 予想どおり確かに朔巳の部屋だった。

  見覚えのある服が壁にかけられていた。

  そのまま多谷は朔巳の腕を掴んだまま部屋の中を見まわした。

  目当てのものを床に見つける。

  朔巳を部屋の奥へと押し込むと、 多谷は床に置いたままだったパソコンを取り上げた。

 「見ろよっ! よく見ろっ! これが、 こんなものがお前に何を伝えるっていうんだ?!

弘海君の気持ちか?」

  朔巳の目の前に、 機械を突きつける。

  朔巳は大事なパソコンが多谷の手にあるのに表情を変える。

 「やめて……っ 返してっ それは弘海の……っ」

 「弘海君の形見か? 彼が使っていたものなんだろう? そして今のお前を縛っているものだ。」

 「和春っ お願い、 返して………っ それだけは…っ!」

  朔巳は必死になってパソコンを取り戻そうとした。

  しかし多谷は決して渡そうとしない。

  自分に取りすがる朔巳の姿に苛立ちを募らせる。

 「どうして認めないんだ。 認めろよっ 俺が好きなのは弘海君じゃなくてお前だろう。

ずっと俺を想ってくれていたのは朔巳、 お前なんだろう。」

 「ち、 がう…………っ」

  涙を浮かべながらも、 朔巳は否定し続ける。

  心の中の暗い影が、 朔巳を縛り付ける。

  どうしても自分を許そうとしない。

  そんな朔巳の姿に、 多谷の目に激しい何かが浮かんだ。

 「認めさせてやる……っ もう弘海君はどこにもいないってことをっ」

 「和春っ 何を………っ!」

  多谷はパソコンを持ったまま、 窓の方へと向かった。

  がらりと窓を開け、 手に持った忌々しい機械を振り上げる。

 「やめ………っ!!!」

  多谷の意図を悟った朔巳が悲鳴を上げて止めようとする。

  しかし朔巳が多谷の腕を掴んだときには、 機械は空に放り出された後だった。

  朔巳の目にはスローモーションのようにゆっくりと下に落ちていくものが見えた。

  ガシャーンッ

  それは庭の敷石に叩きつけられて音を立てて転がった。

 「っっ!! いやああああああっ!」

  朔巳はパソコンが地面に転がるのを見て、 絶叫した。