君が好き

 

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    朔巳は 「愛してる」 と告げる多谷の顔をじっと見つめていた。

  体にまわされた腕の熱い体温が、 多谷の存在が嘘ではないことを告げる。

 「う、 そだ……」

  朔巳は泣きそうな声で小さくつぶやいた。

 「嘘だ……だって、 俺あんなことを……多谷を騙してたのに……」

 「弟のためだろう。 死んでしまった弟の為にやったことだろう。 仕方ないさ。

お前の優しさから出た嘘だ。」

 「違う……っ」

  朔巳は激しく首を振った。

 「違う……俺は優しくなんか……。 だって弘海は俺のせいで……っ」

 「お前のせいじゃない。」

  多谷は朔巳の言葉を強く否定した。

 「伊勢も言っていた。 あれは事故だと。 お前のせいなんかじゃない。」

 「俺が悪いんだ。 俺がついていたら……あんなこと、 思わなければ……っ」

 「お前がついていても同じだったよ。 それに思うだけでは人は殺せない。」

  朔巳はそれでも首を振りつづけた。

 「だって弘海は死んだ……っ だから俺は弘海の代わりにあいつの気持ちを

君に……っ」

 「朔巳。」

  激昂する朔巳に多谷は静かな口調で言った。

 「いくらお前が弘海君の気持ちを俺に伝えようと、 俺は自分の気持ちを変えられない。

俺が好きなのはお前なんだから。」

  はっと朔巳は顔を上げた。 

  そこには真剣に自分を見る目があった。

 「もし、 弘海君が生きていたとしても、 俺はお前が好きになっていただろう。

たとえ、 彼に会って好意を持ったとしても、 あの日研究室でお前に会った瞬間に

彼のことは忘れてしまったと思う。 どんな状況で会ったとしても俺はお前を好きに

なっていた。 必ずお前を愛するようになった。」

  そんな……

  朔巳の口が小さく動く。

 「お前も俺のことを想ってくれているんだろう? 伊勢が言っていた。 ずっと前から

俺のことを見ていてくれたって。」

  多谷は涙を浮かべて自分を見るだけの朔巳に、 焦れたように言う。

 「言えよ。 俺が好きだって、 本当のことを言ってくれ。」

 「好き……じゃない。」

  それでも朔巳の口から出るのは否定の言葉だった。

  朔巳の心に根深く張った罪悪の念が朔巳を縛る。

  今でも弘海の声が聞こえてくるようだった。

 「好きじゃない……好きになっちゃいけない……」

 「朔巳っ」

  多谷が焦れったそうに朔巳の肩を揺さぶる。

 「言えよっ 俺が好きだって、 メールのように言えよっ」

  朔巳が驚いた表情をする。

 「今朝のメールの最後に俺が好きだって書いてあった。 ……あれはお前の気持ちだろう。」

 「違う……あれは……あの言葉は弘海の……」

 「お前だよ。 メールに書いてあった言葉をちゃんと言おうか? あれには ”ずっと君が

好きでした” って書いてあった。 おかしいと思ったよ。 弘海君は今まで一度も俺のことを

” 君” とは書かなかったから。 ………あれはお前の、 お前自身の言葉だったんだ。」