君が好き

 

36

 

 

 

    ピンポーン、 ピンポーン……

  朔巳は玄関のベルの音にふと我に返った。

  ずっと床に座りこんでいたのだ。

  父か母が出てくれるのを待つが、 一向にベルは鳴り止まなかった。

  どうやら二人とも外出しているようだった。

  そう言えば、 昨日からいなかったような気がする。

  また弘海の墓のある田舎にでも行ったのだろうか。

  両親はこの頃時間があれば、 田舎に墓参りに出かけていた。

  おそらく朔巳に告げていたのだろうが、 近頃ぼんやりとしていることの多い朔巳は

そのことを覚えていなかった。

  ぼうっとしている間にも、 ベルはせかすように鳴りつづける。

  誰だかは知らないが、 諦める様子はなかった。

  朔巳はよろよろと立ちあがると、 シャツを羽織りジーンズをはいて部屋の外に出た。

  階段を降りる間に訪問者は我慢できなくなったのか、 玄関のドアをどんどんと叩き始めた。

  朔巳は顔をしかめながら、 玄関の扉を開けた。

  開けて訪問者の顔を見た途端に、 その場に固まった。

  信じられないという表情になる。







  多谷は目を見開いて自分を見る朔巳の少しやつれた顔をじっと見つめた。

  髪がくしゃくしゃに寝乱れている。

  服もボタンが幾つか外れていて、 慌てて今着たのだろうということがわかる。

  そこに伊勢の存在の跡を見た多谷は、 胸の中に怒りと嫉妬が湧きあがるのを感じた。

  分かってはいたが、 実際に見ると耐えられなかった。

  呆然と自分を見る朔巳の体を玄関の中に押し込むと、 扉が音を立てて閉まる中、

荒々しくその体を抱き寄せた。

  力いっぱい抱きしめる。

  そのまま、 有無を言わさず唇を奪った。

 「っ! んんん……っ」

  驚いた朔巳がもがこうとするのを許さず、 さらに深く口付けた。

  伊勢の存在を拭い去ろうというように激しく舌で口中をまさぐる。

  やがて多谷を押しやろうとしていた朔巳の腕が力なく落ちた。

  体から緊張が解ける。

  ようやく唇を離した多谷は、 呆然とする朔巳をもう一度抱きしめると、 その耳元で

熱っぽく囁いた。

 「朔巳……朔巳、 愛してる。」

  その言葉に朔巳の体がびくっとした。

  再び抗おうとする。

  その体をさらに強く抱きしめて、 多谷は言葉を紡ぐ。

 「愛してる……愛してる。 朔巳、 わかれよ。 俺はお前を愛してるんだ。」

 「か、 ずはる……」

  朔巳が泣き出しそうな表情を浮かべる。

  弱々しく首を振ろうとするが、 多谷は朔巳の目をしっかりと見て言った。

 「伊勢がさっき俺のところに来た。 ………全部話してくれた。 お前の気持ちも、

……メールのことも。」

  メールという言葉に朔巳ははっとすると、 怯えた眼差しを向けた。

  そんな朔巳を安心させるかのように笑みを浮かべて多谷は言葉を続けた。

 「 全部、 だ。 それでも俺は言うぞ。 お前を愛してる。」