君が好き
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| 暖かい…… 朔巳は伊勢の腕の中でそう思った。 心の中は冷たく凍えたままだったが、 頬にあたる伊勢の体温がじんわりと伝わってくる。 「愛してる……」 耳元で優しく囁き続ける伊勢の声が、 心に染みた。 何故か涙が溢れてきた。 伊勢の優しい気持ちが嬉しかった。 疲れ果てた心がその優しさに引き寄せられていく。 何もかも忘れて伊勢にすがってしまいたい…… そんな思いが生まれる。 「英俊……」 伊勢が与えてくれる温かさをもっと味わいたくて、 朔巳は彼の背中に両手を回した。 はっと伊勢が息を飲む。 「朔巳……?」 名を呼ぶ伊勢の声がかすかにかすれている。 「英俊……英俊……」 その名前だけが、 今の朔巳にとっては立った一つの命綱のようなものだった。 今にもばらばらになってしまいそうな心を、 伊勢の温かさが引きとめている。 心が痛い…… 目をつぶると多谷の姿が浮かんだ。 もう近づくことの出来ない愛しい人影が、 朔巳の心を引き裂き続ける。 痛い…… あまりに痛み続けた心は、 感覚が磨耗したようにその痛みを鈍らせる。 それでも痛みの存在は消えることなく朔巳を苛み続けた。 もう疲れた……もう、 忘れたい……忘れてしまいたい。 傷つき疲れた心がそう叫ぶ。 しかし、 一方で多谷が好きだと、 忘れられないと泣き続ける声がする。 「もう……何もかも……」 朔巳の口から言葉が漏れる。 「朔巳?」 伊勢の背中を掴む腕に力がこもる。 この暖かい優しさに全部預けてしまいたかった。 全部、 忘れさせて欲しかった。 「英俊……暖めて……」 朔巳の小さなつぶやきに、 伊勢が信じられないという表情になる。 「……朔、 巳………?」 震える手で胸に顔を埋める朔巳の髪を撫でる。 「俺を……抱いて………」 全部、 忘れさせて…… 朔巳は目を閉じてそうつぶやいた。
感じていた。 半分影になった伊勢の姿が、 自分の上にかぶさっているのがわかる。 じっと自分を見つめる伊勢の視線を感じる。 「朔巳……本当に、 いいのか?」 伊勢が喉にからまったようなしゃがれた声で問いかけてくる。 目を閉じてじっとしていた朔巳がゆっくりと目を開ける。 そして泣きそうな顔でかすかに笑った。 言葉の代わりに腕を伸ばして伊勢の温もりを乞う。 「朔巳……っ」 うめくような声で伊勢は名を呼ぶと、 そのまま朔巳の体を抱きしめた。 さよなら……和春…… 自分に覆いかぶさってくる暖かい体を受け止めながら、 朔巳は心の中でそっと 多谷の面影に別れを告げた。
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