君が好き

 

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   「……朔巳。 外に出てみないか?」

  伊勢はじっと座りこんだままの朔巳にそっと話しかけた。

  その言葉に朔巳の顔が伊勢に向けられる。

  朔巳はにっこりと伊勢に笑いかけた。

 「……だめだよ。 僕はメール待ってなきゃ。」

 「……メールはいつでも見れるだろう。 ちょっと外に出て散歩でもしようぜ。

何か欲しいものないか? 俺、 今バイトで金あるから何でも買ってやるぞ。」

 「メール待ってなきゃ……」

 「メールは帰ってから見ればいい。 な、 外に出よう。」

  伊勢の根気強い誘いにも朔巳はただ首を横に振るだけだった。

  その目は、 目の前のパソコンをじっと見つめていた。

 「弘海が早くってせがむんだ。 ……早く返事書いてって。 だから僕はここで

待ってなきゃ……」

 「朔巳……」

  伊勢が哀しそうに朔巳を見つめる。

 「弘海は……あいつはお前にこんなになって欲しくないはずだぞ。 お前のこと

すごく慕ってたじゃないか。 多谷のことだって、 あいつなら許してくれるさ。

大好きな兄さんにならってな。」

  許す、 という言葉に朔巳がぴくりと反応した。

 「……違う……弘海は、 弟は僕のことを許してなんてくれない。 だって……

だって弘海は僕が死なせてしまったんだから……」

 「違うだろう。 弘海は事故で死んだんだ。 お前のせいじゃない。」

  何度も繰り返された言葉を伊勢はまた口にした。

 「お前は弘海の死とは関係ないじゃないか。 あいつが死んだとき、 お前は側に

いなかった。」

 「側にいれば……一緒についていけば、 弘海は死なずに済んだんだ。 僕が

あの時弘海なんていなくなればいいって思わなければ……」

 「お前がついていても、 弘海は死んでいた。 あのバイクはまっすぐ弘海に突っ込ん

でいったって見ていた人も……」

 「僕がっ! 僕が弘海なんて死ねばいいって思ったんだ……っ 和春と……多谷と

仲良く恋人同士になった姿なんて見たくないって……弘海が憎くて憎くて……僕が

弘海を殺した……っ」

 「朔巳……」

  伊勢は叫ぶように言葉をほとばしらせる朔巳を呆然と見ていた。

  こんな朔巳は見たことがなかった。

  こんなに激しい感情を持っていたなんて知らなかった。

  伊勢の知っている朔巳はいつもひっそりと穏やかな笑みを浮かべていた。

  自分が守ってやらければ、 と思わずにはいられないほど儚げな存在だった。

  いや、 今でもそうだった。

  自分は気付かないだけで、朔巳はずっと心の中に激しいものを持っていた。

  そして、 伊勢はそんな朔巳をそれまで以上に愛しく思った。

  守ってやりたい。

  心の底からそう思う。

  自分が守ってやるから、 だから自分を見て欲しい。

  その心のままに、 朔巳の体を抱きしめる。

  激情を爆発させた朔巳は、 また静かな表情に戻ってぼうっとパソコンに目を

戻している。

 「……弘海はここにいるんだ。 僕の中で……ずっと僕を見てるんだ。 多谷を

取らないでって……多谷に忘れられたくないって、 そう泣いてるんだ。」

  小さな声でつぶやく。

 「朔巳……俺を見ろよ。」

  伊勢はたまらなくなってそうつぶやいた。

  腕の中の存在が今にも消えてしまいそうだった。

  心の中の影を取り去ってやりたい。

  愛しさのあまり、 息がつまりそうになる。

 「俺にしろよ……朔巳。 俺がずっとお前を見ているから……ずっとお前を愛して

いるから。 だから……俺を見てくれ。」

  ずっと想ってきた愛しい存在を抱きしめながら、 伊勢は何度も何度も朔巳に

愛してる、 と囁き続けた。