君が好き

 

30

 

 

 

    多谷は寄り添うようにしながら立ち去る二人を苦々しい思いで見ていた。

  二人の姿を認めた途端湧きあがった激しい感情に、 多谷は二人から目を背ける

しかなかった。

  そのまま見ていると、 朔巳を伊勢の手から力づくで奪ってしまいそうだった。

  伊勢に頼りきっているようにその身を素直に預けていた朔巳の姿に、 その朔巳を

まるで何かから守ってでもいるように腕の中に抱きかかえる伊勢の姿に、 苛立ちを

隠しきれない。

  朔巳に我が物顔で触れる伊勢に嫉妬の念が沸き起こる。

 「多谷?」

  そんな多谷に、 隣にいた友人が不思議そうな目を向けた。

 「……なんでもない。」

  そう言って話に戻ろうとする。

  しかしその手は指が白くなる程に固く握り締められていた。











  伊勢に抱えられるようにしてタクシーに乗った朔巳は、 引き千切られそうなほどの

胸の痛みに体を震わせていた。

  先ほど、 自分から目を背けた多谷の姿に、 一瞬目の前が真っ暗になった。

  その時初めて多谷との繋がりが切れる、 という意味を思い知った。

  もう、 あの明るい声が聞けないのだ。

  身近にあの存在を感じることが出来ないのだ。

  あの目が自分を見ることはないのだ。

  そのことに死んでしまいたいほどの絶望を感じる。

  いや、 すでに朔巳の心はすでに死んだも同然だった。

  何も考えられない。

  何も感じられなかった。

 「朔巳……朔巳っ!」

  伊勢の自分を呼ぶ声が遠くに聞こえるような気がした。

  だがそれすらもどこか違う世界のことのように思える。

 「おいっ 朔巳っ しっかりしろっ!」

  がくがくと体を揺すぶられる。

  ようやく朔巳の目が伊勢に向けられた。

  しかし、 そのどこか焦点の合っていない瞳に伊勢はぞっとした。

 「朔巳……」

  震える手で朔巳の体を抱きしめる。

  少しでもこちらを見てくれるように、 息が止まりそうなほど強く抱きしめる。

  しかし、 腕の中の細い体は身じろぎ一つしなかった。









  その日から、 朔巳はぱったりと大学に出なくなった。