君が好き

 

27

 

 

 

 

 「……よお。」

  扉を開いて迎えた朔巳に、 多谷は軽く笑ってみせた。

 「和春……どうぞ。」

  多谷の笑顔を見ていられなくて、 朔巳は伏目がちに中に促がした。

 「お茶でもいれるよ。」

  リビングに案内すると、 そう言って朔巳は足早に台所に向かった。

  多谷の顔を見ていられなかった。

  見ると、 苦しさと切なさが募ってきた。

  何を話せばいいのか、 言葉が出てこない。

  火にかけたやかんが音を立てはじめても、 しばらくの間、 朔巳はじっとコンロの前に

立っていた。







 「……どうぞ。」

 「ああ、 サンキュ。」

  差し出したコーヒーを多谷が一口含む。

  朔巳は何故突然多谷が家までやって来たのか、 理由が気になって落ち着かない。

  多谷の前のソファに腰を下ろしながらも、 内心どきどきとしていた。

 「あ……何か食べる? お茶菓子が何か……」

 「朔巳。」

  たまらなくなった朔巳が立ちあがりかけたとき、 多谷が突然手を伸ばして朔巳の

腕をつかんだ。

 「か、 和春……?」

  急に腕を掴まれ驚いた朔巳が多谷を見ると、 真剣な目がじっと朔巳を見つめていた。

 「何……」

  その目の光の強さに朔巳が息を飲む。

  朔巳をじっと見つめながら、 多谷は静かに口を開いた。

 「朔巳……お前が好きだ。」

  その瞬間、 朔巳の頭の中が真っ白になった。









  今、 多谷は何を言ったのだろう。

  とっさにその意味を理解できなかった。

 「朔巳? 聞いてるのか? お前が好きなんだ。」

  黙ったまま何の反応も示さない朔巳に、 多谷がじれったそうにもう一度言った。

 お前が好き。

  お前……お前……

  やっと朔巳は多谷が自分のことが好きだと言ったのだと理解した。

  と同時に、 その顔が真っ赤になった。

 「好きって……和春、 それ……」

 「お前が好きだ。 友達としてじゃない。 恋愛感情で。」

  小さな声でうろたえたようにつぶやく朔巳に、 多谷ははっきりと言ってのけた。

  その目はまっすぐに朔巳を見ていた。

  朔巳は真摯な光を湛えるその目に、 多谷の言葉が本当なのだと知った。

  心の中にじわじわと喜びが広がっていく。

  多谷が自分を好きだと言ったのだ!

  朔巳は信じられないというようにゆるゆると首を横に振った。

  その目は大きく見開かれていた。

  だが、 うっすらと涙をたたえたその目と、 ピンク色に上気した頬が朔巳の喜びを

物語っていた。

 「朔巳……」

  朔巳の様子に、 気付かれないほどかすかに緊張していた多谷の身体から

力が抜ける。

  掴んだ腕を優しく引き寄せて、 朔巳をその腕に抱き締める。

 「朔巳、 好きだ。 いつのまにかお前のことが好きになっていた。 本当に

好きなんだ。」

  何度も耳元で囁く声に、 朔巳はただ黙って多谷の背中を握り締めた。

  その顔は喜びに輝いていた。