君が好き

 

26

 

 

 

    暗い部屋の中で、 朔巳はぼんやりと床に座りこんでいた。

  いつの間に家まで帰ってきたのか覚えていない。

  ただ、 心配そうな顔をした伊勢が家まで送るというのを頑固に拒否したことは、

おぼろげに覚えていた。

 「……メール、 送らなきゃ……」

  空を見つめたまま、 小さくつぶやく。

 「メール送らなきゃ……弘海が怒る。 送らなきゃ……」

  ぼんやりとしたまま机に向かう。

  ゆっくりとカバーを開く。

  液晶の光に朔巳の顔が青白く照らし出された。

  どこかうつろな表情で、 キーボードに指を滑らせる。

 ” 多谷さん、 こんにちは………

  暗い部屋の中でキーを叩く音だけが響いていた。







  突然、 電話の音が鳴り響いた。

  その音にメールに没頭していた朔巳ははっと顔を上げた。

  けたたましいベルの音は、 受話器を取る者がいないのか、 一向に鳴り止む気配が

なかった。

  朔巳は両親が今日は親戚の家に行くと言っていたことを思い出した。

  仕方なく部屋を出て階段のところにある電話に向かう。

 「……はい、 河野……」

 ” 朔巳か?”

  受話器から聞こえてきた声に、 朔巳は息が止まりそうになった。

 「……かず、 はる……?」

 ” 良かった。 家にいたんだな”

  外からなのか、 多谷の声が遠い。

 「どうして……番号…」

 ” 悪い、 急用だって言ってお前の友達に片っ端からあたった”

 「そんな……」

  朔巳は突然の多谷の電話に動揺を隠せない。

  もう、 近づいてはいけない。

  多谷と話すことはないと思っていたのだ。

  なのに……

 ” 朔巳?”

  急に黙りこんだ朔巳を変に思ったのか、 多谷が訝しげな声を出す。

 ” 朔巳? 聞こえてるか?”

 「う、 うん……」

 ” 今、 いいか? もし良かったら今から会いたいんだけど……”

 「え……」

  多谷の言葉に朔巳は大きく目を見開いた。

 ” 出てこないか? 今、 お前の家のある駅まで来てるんだけど………朔巳?”

  再び黙りこんだ朔巳に多谷がまた訝しむ。

 ” ……もしかして、 誰か来てるのか? ……伊勢か?”

 「英俊? ううん、 誰もいないけど……」

 ” 誰も? ご両親は?”

 「今日は親戚の家に……」

 ” じゃあ、 今お前一人か?”

 「うん。」

  朔巳の言葉に今度は多谷が黙りこむ。

 「和春?」

 ” ……今からそっち行ってもいいか?”

 「え? そっちって、 あ……」

 ” すぐ行く”

  朔巳が返事をする前に、 電話は切れた。

 「すぐって……ここに?」

  慌てて時計を見る。

  8時20分

  駅から家まではどんなにゆっくり歩いても10分かからない。

 「って……和春、 ここの住所知ってるのか?」

  朔巳は切れた受話器を持ったまま、 呆然とつぶやいた。







  朔巳の疑問は、 5分後、 家のベルが鳴ったときに消えた。