君が好き

 

25

 

 

   「英俊……ちょっと待って…っ 離せよっっ!」

  朔巳は伊勢に引っ張られるように図書館を出ると、 掴まれた腕を振りほどいた。

 「朔巳……」

 「どういうつもりだよっ! あんな……っ 和春が何したっていうんだよっ」

 「和春……ね」

  朔巳の言葉に伊勢は口元をゆがめてつぶやいた。

 「英俊、 お前今朝から何だかおかしいよ。 どうしたんだよ。 いつものお前はもっと……」

 「もっと、 何だって言うんだ? もっと軽いって? 何も考えてないって? こんなこと

するような性格じゃないって、 そう言いたいんだろう。」

 「英俊?」

  吐き捨てるように言う伊勢に朔巳は戸惑った目を向けた。

 「そうだよ。 今まで俺はお前に嫌われたくないって思って……だからお前の側にずっと

へばりつくような真似はしないように、 お前に友達が出来ても、 そいつと楽しそうにしゃべって

いても割りこんだりしないようにしてきたさ。 心ん中じゃどんなに引き離してやりたいって

思ってても、 何でもないような顔をして……っ」

  伊勢が朔巳を見る目には熱く激しい感情が浮かんでいた。

 「英……俊……」

 「ずっとお前を見てきたのにっ お前はいつのまにか他の男のことを見つめていた……っ!

あんな奴に取られるためにずっとお前を守ってきたわけじゃないっ!!」

  感情のほとばしる声でそう朔巳に訴える。

  朔巳は初めて知った伊勢の心に信じられない思いでいっぱいだった。

  今まで伊勢が自分にそんな感情を抱いていたなんて思いもしなかったのだ。

 「そんな……」

  じっと自分をまっすぐに見つめてくる瞳に、 言葉が出てこない。

  ただその場に立ち尽くすだけだった。

  激昂した伊勢の心が、 そんな朔巳の様子にだんだんと静まってくる。

  思いをぶちまけると一緒に高ぶった感情も吐き出してしまった。

  伊勢はふうっと大きく息をつくと、 くしゃりと前髪をかきあげた。

 「……悪い、 こんなこと言うつもりはなかったのに………でも、 今言ったことは嘘じゃ

ないから。 俺はお前が好きだ。 中学のころからずっとお前だけが好きだったんだ。」

  真摯な声でそう言ってくる伊勢の顔がまっすぐ見れない。

  好き、 という言葉が朔巳の心に重く響いてくる。

  伊勢の告白を聞きながら、 朔巳の心の中には多谷の姿が浮かんでいた。

  好き……多谷が、 和春が俺は好き……

  そう心の中でつぶやく。

  その朔巳の心を察したのか、 伊勢の顔が暗くなる。

 「……朔巳、 あいつは……多谷はだめだ。 あいつだけはやめてくれ。」

 「英俊……なんで……」

  暗い顔でそう言う伊勢の心がわからず、 朔巳は顔をしかめた。

 「俺を好きになってくれって言ってるわけじゃない。 他の奴なら俺も諦める……諦められる

ように努力する。 でも、 あいつだけはだめだ。」

 「そんな……」

 朔巳は出来ない、 というように首を振った。

  だって多谷が好きなのだ。

  ずっと自分を見てくれていたという伊勢には悪いが、 自分が好きなのは、 こんなに胸が苦しい

ほど好きなのは多谷だけなのだ。

 「できない……そんな…」

 「ならお前今すぐあいつとのメールをやめろ。」

  メールの言葉に朔巳ははっとした。

  伊勢の表情が暗く厳しいものになっている。

 「お前がもう二度と ”弘海” の名前でメールを打たないと、 そう約束するなら俺はもう何も

言わない。 ……あいつのことを認められるように努力する。」

  それ以外認めないという伊勢に朔巳は頭の中がパニックになる。

  もう二度とメールを出せない。

  弘海という存在を消してしまえと伊勢は言っているのだ。

  ”俺、 多谷さんが好き”

  また弘海の言葉が耳によみがえってくる。

  頭の中で楽しそうに話す弘海の声が何度も何度も自分に訴えている。

  多谷が好きなのだ、 と。

 「でき……ない、よ。」

  朔巳はうめくように言った。

  できない。

  死んでしまった、 死なせてしまった弘海の最後の願いを、自分が砕く真似ができるはずない。

  生きていたら、 今ここで、 多谷の側で笑っていたのは弘海だったのに……!

  多谷の相手は自分じゃ、ない。

 「できないよ……そんなこと。 だって弘海はあんなに……っ 俺は弘海の気持ちを多谷に

伝えないと……」

  苦しそうに、 辛そうにそう言う朔巳に伊勢の表情が固くなる。

 「……朔巳………なら、 あいつに近づくな。 メールを止められないなら、 せめて多谷に

近づくことはやめてくれ。 お願いだから……頼むから……」

  じゃないと、 お前の心が……

  青ざめ、 今にも倒れそうな朔巳をそっと抱き寄せながら、 伊勢は何度もそう訴えた。

 「俺のことを好きになってくれなんて言わない。 朔巳が他の奴を見れるようになるまで

ずっと側にいるから・・・・・・だから多谷から離れてくれ…」

  心の中で好きだ、と叫ぶ声がする。

  自分を見てくれと訴える声がする。

  伊勢はそんな声を必死で抑えながら、 朔巳に囁き続けた。

  今朝のような朔巳の姿はもう見たくなかった。

  あのうつろな顔でつぶやく朔巳の姿を思いだすと今でもぞっとする。

  俺が守るから……

  伊勢は腕の中の愛しい存在を全てのものから守るように抱きしめ続けた。








  和春、 和春、和春………

  伊勢の腕の中に抱きしめられながら、 朔巳は愛しい人の名をずっと呼び続けた。

  自分は多谷の側にいられない。

  そう思う朔巳の心のどこかが音を立てて壊れていく。

  朔巳の頬を一筋の涙が流れた。