君が好き

 

24

 

 

 

  「多谷……お前、 どういうつもりで朔巳に近づく。」

  突然の伊勢の言葉にびっくりして頭上の彼の顔を見上げる。

 「どういうって……朔巳と友達になってはいけない理由でもあるのか?」

  多谷は伊勢の険悪な口調にもひるまず平然と言い返す。

 「こいつはなんでも素直に信じる、 騙されやすい奴なんだ。 今までも変な下心を

持った奴らが近づこうとした。 そのたびに俺が追っ払ってきたがな。 朔巳を傷つける

奴は俺が許さない。 おかしな下心を持ってるならこいつに近づかないでくれ。」

 「英俊っ!」

  あまりの言葉に驚いた朔巳はたまらず伊勢を咎めようとした。

 「お前は黙ってろ。」

  伊勢はちらりと朔巳を見下ろすと、 再び多谷に視線を戻した。

 「……なるほど、 ボディガードって奴か。 あいにく、 俺はそんな脅しじゃあ引く気には

ならないがな。 俺も真剣なんでね。」

  多谷の言葉に伊勢の顔が強張る。

  多谷の朔巳に対する気持ちを悟ったのだ。

  伊勢の心の中にどす黒い感情が湧きあがってくる。

  こいつには朔巳は渡さない……!

  朔巳が多谷を想っていることが知っている。

  だが……

  今朝の朔巳の様子が伊勢の不安を駆りたてる。

  だめだ。

  こいつと一緒にいると朔巳は……!

  メールのことは多谷は何も知らない。

  このまま何も知らない多谷と付き合っていくと、 朔巳の心がだんだん壊れていく

だろうということは伊勢でも想像できる。

  今のうちに引き離さないと……

 「……お前といると朔巳がだめになる。」

 「なんだと……?」

 「いいか、 これ以上朔巳に近寄るな。」

 「英俊っ!」

  そう言い捨てると、 伊勢は抗おうとする朔巳を強引にその場から連れ出そうとした。

 「待てよっ」

  多谷がそれを引きとめようとする。

  伊勢の言いぐさが気に食わなかった。

  自分が朔巳のためにならない、とそう言ったのだ。

  そんなことを言われて黙っていられるわけがない。

  自分がどれだけ真剣に朔巳のことを考えているか。

  ただ朔巳の側にいた年数の長いだけで伊勢に自分を排除しようとする権利はない。

 「伊勢、 お前何様のつもりだ……っ」

  思わず伊勢の襟元を掴む。

  それを伊勢は慣れた手つきで払い落とす。

 「行くぞ、 朔巳。」

 「伊勢っ お前……っ」

  そのまま朔巳を連れていこうとする伊勢の態度に我慢できなくなった多谷は、 本気で

伊勢に掴みかかった。

 「や……っやめてっ 和春、お願い。 英俊も……っ」

  応戦しようとした伊勢の腕を朔巳が両手で掴んだ。

  そして縋るような目で多谷を見る。

 「……ごめん、 和春。 今日は英俊と帰るよ。 ちゃんと多谷のこと話してこんなバカな

こと二度としないように言うから。 だから、ごめん。」

  英俊のことを許してくれと言う朔巳の泣き出しそうな顔に、 多谷の血の上った頭が

急激に冷える。

  伊勢も身体から力を抜いたが、しかしその目はまだ厳しく光ったままだった。

 「……行くぞ。」

  朔巳の肩を抱いて強引にその場を立ち去る。

  「ちくしょう……っ」

  後に残された多谷は、 静まりきらず残った怒りと忌々しさに、 床に吐き捨てるように

つぶやいた。