君が好き

 

22

 

 

 

    大学に行く時も、 そして着いてからも、どうしてか伊勢が離れようとしない。

 「英俊? 次、お前授業あるんだろう?」

 「……ふける。」

 「何言ってんだよ。」

  真面目な顔でそう言う伊勢に、 朔巳は苦笑しながら咎めた。

 「次、経済学なんだろう。 落とすとやばいって前言ってたじゃないか。」

 「いい。」

 「いいって……どうしたんだよ。 お前、朝から変だぞ。 」

 「いいんだよっ」

  思わず大声を出した伊勢は、 次の瞬間はっとしたような顔をして朔巳の表情を

伺うような目を向けた。

 「英俊?」

 「……悪い。 ……わかった、出るよ授業。 でもお前もう今日は次で終わりだろう。

待ってろよ。 一緒に帰ろうぜ。」

 「え……だって、 英俊いつも友達とどこか遊びにいってるじゃないか。 昨日も俺と

一緒だったし……」

 「いいから待ってよ。」

  いつもと違う強引な口調に、 朔巳は仕方なく頷いた。

 「わかった。 じゃあ俺図書館にいるから。」

 「終わったら呼びに行く。」

 「うん。」

  それでもなかなか離れようとしない伊勢をようやく授業へと向かわせると、 朔巳は

図書館へと足を向けた。

  歩きながら考える。

  朝から伊勢の様子が何かおかしい。

  前からどこか自分にたいして心配症なところがあったが、 今日は特にひどかった。

  起きたときに伊勢がじっと自分を真剣な表情で見ていたことにも戸惑ったが、 その後

も何故だかずっとこちらを伺うような表情を見せる。

  まるで朔巳から何かを探り出そうとするかのように。

 「ほんと、どうしちゃったんだろう。」

  朔巳は首をかしげながら図書館に歩いていった。







  し、んとしてどこかぴんと張り詰めた空気のただよう図書館は昔から朔巳の大好きな

空間だった。

  いつものように歴史書のある棚の前で本を物色しながら歩く。

  目についた本を引き出し、 ぱらぱらとページをめくっていると周りに遠慮するように

抑えた声が自分を呼んでいることに気付いた。

 「た……和春。」

  多谷の姿をそこに見つけ、 朔巳はにっこりと笑った。

 「よお、 やっぱりここにいた。」

  多谷は朔巳のそばにやってくると手の中の本を覗きこんだ。

 「何? 面白いのか、それ。」

 「いや、 どうかなと思ってちょっと見てるだけ。 どうしたの? 何か探し物?」

  自分に顔を寄せる多谷にどきりとしながらも朔巳は努めて平静な声を出そうとした。

 「ああ、 お前この時間空いてるはずだから多分ここにいると思って。」

 「え……」

  暗に自分を探していたと言われ、 朔巳は目をぱちくりとさせた。

 「何か約束してたっけ……」

  忘れていたのかと慌てて自分の記憶を探る朔巳の様子に、 多谷は笑みを浮かべて

朔巳の頬を指で叩いた。

 「違う。 ほら、 昨日言っただろう。 たまには飯でも一緒にって。 昨日はあいつと約束

あるって断られたから今日改めてどうかなって。」

  ちょんちょんと指で頬を突付かれ、 朔巳はびっくりしたように顔を引いた。

  手で押さえる頬がほのかに赤い。

  それを見て多谷は何故か嬉しそうな顔をした。

  だがその表情は次の言葉で一変した。

 「あ……ごめん。 英俊が今日も一緒に帰るって……」

  またあいつか……!

  内心で舌打ちする。

 「……そういや、 昨日どうだった?」

  問い詰めそうになる自分を抑えてなるべくさりげない声で聞く。

 「え?」

  何のことかと首をかしげる朔巳にじれったくなる。

 「昨日あいつと飲みに行ったんだろう。 大丈夫だったか?」

 「大丈夫って……ただの飲み会だよ?」

  なにそれ、と朔巳が笑った。

 「あ……と、 でも英俊には迷惑かけちゃったけど。 俺酔いつぶれちゃって結局

英俊に家まで送ってもらった挙句、 泊まらせてしまったから。」

  自分の失態に苦笑するように言う朔巳は、 その瞬間かすかに顔色の変わった多谷に

気付かなかった。