君が好き
20
朔巳の唇を味わっていた伊勢は、
そのまま眠る朔巳を奪ってしまいたい衝動を必死に 抑えてもぎ取るように唇を離した。 抑えきれない激情に歯を食いしばって耐える。 そのままずるずるとベッドの下に座り込み、 片膝を抱えるようにして顔を埋める。 「ち、くしょう……」 体の中を欲望が渦巻く。 朔巳の体を奪ってしまえと囁く声がする。 誰かに、 多谷に奪われてしまうくらいなら体だけでも自分のものにしてしまえ、と。 「だめだ……」 暗い誘惑に必死に抵抗する。 「だめだ、 それだけは……」 嫌がる朔巳の顔が目に浮かぶ。 自分の下で泣き叫ぶ表情を想像して伊勢は激しく首を振った。 「嫌だ……朔巳は……朔巳だけは泣かせたくない……」 大切だから。 ずっと守ってきた大切な宝物だから。 だから自分が壊すことだけはしない。 できない。 伊勢は自分の中の激情と戦いながら、 長い間その場に身じろぎもせずに座りこんでいた。
まだ苦しさの滲む暗い表情でごそごそとポケットからタバコを取り出す。 火をつけようとして、 灰皿がないことに気付く。 朔巳はタバコを吸わない。 少し考え、 ため息をついて諦める。 またポケットにタバコを戻そうとしたその手がふと止まった。 机の上に見慣れないものがあったのだ。 「……あいつ、 ノートなんかいつのまに……」 机の上のあるノートパソコンを不審な目で見る。 その側にデスクトップがあるから余計に不自然に思えた。 「そういや、 さっきメールとか言ってたな……」 帰り際につぶやいたメールの返事という言葉を思い出す。 誰かとメール交換でもしているのだろうか。 伊勢はまた自分の知らないことが増えたことに気付き、 かすかに顔をゆがめた。 ちらりと朔巳の眠るベッドを見ると、 目の前の機械に目を戻す。 ノートのカバーを開けるとメールを開く。 履歴を見て、 既存のフォルダに目をやって息を飲む。 明らかに他とは別にする為に造られたと分かるフォルダの名前は 「taya」 だった。 見る見る険しい顔になった伊勢はフォルダを開き中の一通を取り出す。 渋い表情で見始めたその顔は、 しかし読み進めるうちに愕然としたものに変わっていった。 「……なんだ、これは。」 急いで別のものを開く。 中身を読む伊勢の表情がだんだんと強張る。 フォルダの一番古いものから順に読んでいく。 最後まで読んだ伊勢の表情は厳しいものだった。 最後の一番新しいものは昨日の日付になっていた。 しかし、 こちらからのメールの差出人の名前は 「弘海」 。 朔巳の死んだ弟の名前だった。 「どういうことだ……なぜ、 こんなものが……」 読んだ内容を頭の中で反芻する。 最初の何通かは明らかに弘海の書いたものだとわかった。 何度か会ったことのある朔巳の弟の性格そのままの手紙だった。 だが、 最近のものは……。 「それに、 どうして弘海君が死んだ後までメールが続いているんだ?」 しかも相手はあの多谷だ。 「朔巳が弘海君の代りにメールを送っているのか? 何故?」 伊勢は背後で眠る朔巳を振り返る。 その寝顔には疑問に答えるものは何もない。 視線を戻した伊勢は、 ぼんやりと光る画面を見ながらじいっと何かを考え込んでいた。
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