君が好き
19
「大丈夫か? 朔巳、
ほらしっかりしろ。」 「ん……」 伊勢はぐったりとする朔巳を抱き抱えた。 頭がくらくらとして足に力が入らない。 普段飲み慣れない酒を少し過ごしてしまったみたいだ。 ぼんやりとしているうちに知らず口に運んでいたのだろう。 気がつくと目が回り出していた。 だんだんと体がかしいでいく朔巳に伊勢が気付いたときには、 すでに朔巳の意識は半分 夢の中に沈んでしまっていた。 幹事に先に退散すると言付けると、 伊勢は一人で立つこともおぼつかない朔巳を抱える ようにして店を出た。 「歩けるか? タクシーでも拾えるといいけど……」 そう言って辺りを見まわす伊勢の上着の襟元をぎゅっと握り締めて、 朔巳は胸に顔を 埋めている。 その朔巳の仕種に伊勢の頬が緩む。 「朔巳、 ほら、うちに帰るぞ。」 腕の中に抱きしめると甘い声で囁く。 「うち……」 「ああ、 大丈夫か?」 ぼんやりと言葉を繰り返す朔巳に伊勢は体調を気遣う。 「今……もう夜?」 「ああ、 もう遅いから早く帰ろうな。 ……お前んち、 大丈夫か? もうお袋さん達 寝てるんじゃないか。 鍵は?」 「鍵……母さん寝てる?」 「鍵持ってないのか?」 「母さんも父…さんも……寝ちゃった?」 まともに答えない朔巳にため息をつくと、 伊勢はしょうがないとばかりに言った。 「しかたないな……朔巳、 俺の部屋来るか?」 一人暮らしの伊勢は夜中に家に人を入れても誰にも迷惑がかからない。 「ん……帰る……」 朔巳は肯定とも否定ともとれない返事を返す。 「家に帰るとお袋さん達起こしちゃうだろう。 俺の部屋来いよ。」 そう言いながら、 そっと朔巳の頬を指でなでる。 すると、 突然朔巳が目をパッチリ開けて言った。 「家……帰る。 帰らないと……やからのメール、 返事、 書かなきゃ……」 「朔巳? もう遅いぞ。 今から帰っても……」 「いや、 帰る。 家に……帰る……っ」 伊勢の腕の中でいやいやと首を振った。 帰る、帰るとそれだけつぶやく朔巳に、 伊勢ははあっと吐息をつくと通りかかった タクシーに手をあげた。
入ることが出来た。 酔っ払ってタクシーの中でぐったりと眠ってしまった朔巳を2階の部屋へと運ぶ伊勢に、 朔巳の母親は恐縮するようにお礼を言った。 「ごめんなさいね、 この子がこんなになるの滅多にないのに……」 「気にしないでください。 俺も飲ませすぎちまったみたいだし。」 遅いから泊まってくれるように言う母親に礼を言って、 言葉に甘える事にする。 部屋のベッドに朔巳を横たえて布団をかけると、 伊勢は後は自分でするからと母親に もう休んでくれるように言う。 中学の頃からもう何度もこのうちに来ている伊勢は、 家の中のこともよくわかっている。 母親の方でもよく知っている伊勢の言うことであり、 「そう、悪いわね」 と言いながら 自分の部屋へと戻っていった。 伊勢は部屋のドアを閉めるとふうっと息をついて朔巳の眠るベッドの側の床に腰を下ろした。 目の前にある朔巳の寝顔をじっと見る。 やすらかな顔で寝息を立てる朔巳を見る伊勢の顔がだんだんと甘く優しいものになっていく。 「……お前、 寝顔は中学んときから変わんないな。」 そっと額にかかる髪の毛をはらってやる。 無防備に寝入る朔巳を見ているうちに、 愛しさがこみ上げてくる。 ずっと見守ってきた。 中学2年の時、 初めて同じクラスになったときからずっと見続けてきた。 おっとりとしてどことなく頼りなげな朔巳は、 まだ中学生だった伊勢の保護欲を駆り立てる 存在だった。 自分が守らなくてはという気持ちにさせる。 その保護者のような気持ちがいつの頃からか、 恋愛の感情に変わっていった。 誰にも渡したくない、 という自分の気持ちに気付いたときは戸惑いもした。 他に意識を向けようといろんな相手と付き合ったが、 それでも朔巳に対する気持ちは 薄らぐことはなかった。 朔巳が自分の目の届かないところに行くのが怖くて、 大学も同じところを選んだ。 それでも自分の気持ちを伝えることは出来なかった。 朔巳の信頼を失うことが怖かった。 何よりも自分の感情が朔巳を汚してしまうような気がしてどうしても言葉に出来なかった。 なのに…… 「……お前、 今どこを、 誰を見てるんだ?」 今日、 店の中の朔巳は自分が側にいるのにずっと別のところを見ているようだった。 昼間の多谷と一緒だった朔巳を思い出す。 あのときの朔巳は多谷だけを瞳に映しているようだった。 昨日もそうだった。 ひたすら多谷の姿だけを追い続けていた。 その朔巳の姿に激しいショックを受けた。 いつのまに…… 苛立たしさと悔しさで、 あの時強引に朔巳を自分のところに引きずり戻さなかったことが 不思議なくらいだった。 「あいつのことが、 好きなのか……?」 口調に苦渋がにじむ。 朔巳の頬をそっとなでる。 眠る朔巳は頬を覆う自分の手を受け入れてくれているように見えた。 たまらなくなってそっと頬に唇を寄せる。 一度触れると我慢できなくなり、 朔巳の額や目元、 鼻、 顎と顔中にキスを落としていく。 そして、 かすかに震えながら朔巳の唇に自分の唇を重ねた。 その甘さに陶然とする。 「……好きだ。」 唇を離してそっと囁く。 「朔巳……好きだ、 愛してる……」 夢の中に遊ぶ朔巳に聞こえるはずもない告白を繰り返す。 何度も好きだと囁きながら、 その甘い唇をもう一度味わうために顔を寄せていった。
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