君が好き

 

16

 

 

    カチリ。

  多谷はメールを送信し終えてう〜んと大きく伸びをした。

  今日の弘海からのメールはやけに明るいものだった。

  何か良いことでもあったのだろうか。

  多谷はタバコに火をつけながら手元に灰皿を引き寄せた。

  ふうっと煙を吐き出し、 広がって消えていく煙をじっと見つめた。

  この弘海という少年とメールを交換するようになってずいぶん経つ。

  もう怪我は良くなったのだろうか。

  それとなく再度の約束を取りつけようかと仄めかしてみたが、 彼は完全に怪我が

治るまでは、 と多谷と会うことには消極的な様子だった。

  まあ初めて会う時にはちゃんと元気なところを見せたいという気持ちは分からない

でもない。

  多谷自身、 今は他に気になる事があって、 それほど少年に会うことにこだわっては

いない。

  会えればいいな、 とその程度のことだ。

  もう一度深くタバコを吸いながら、 今日のことを思い返す。

  今一番多谷の心を占めているのは、 最近親しくなった朔巳のことだった。

  初めて研究室で会った時にはそれほど気にはならなかった。

  教授の本を貸し出してくれるという申し出に親切な奴だな、 と思っただけだった。

  そしてその後、 待ち合わせた喫茶店で再度会ったときに思ったのは、 どこかで

会ったことがあるか? という既視感だった。

  話しているうちにだんだんと興味が湧いてきた。

  朔巳はそれまで周りにいた人間とはどこか違っていた。

  あまり自分に自信がないのだろう。

  全てのことに不思議なほど控えめで、 常に自分よりも他人の気持ちを優先して

いるところがあった。

  しかしそれが卑屈にも嫌味にも見えない。

  また穏やかで柔らかい口調は耳に心地よかった。

  話していると気持ちが落ち着くのを感じる。

  朔巳と一緒にいると自然にリラックスできた。

  そしてそれと同時に別の違う感情もこみ上げてきた。

  もっと彼と親しくなりたい。

  もっと朔巳のことを知りたい。

  そんな気持ちが何なのか、 多谷はうっすらと気付き始めていた。  

  ふと、 朔巳と親しげに話していた伊勢のことを思い出す。

  朔巳は心配そうに自分を覗き込む伊勢にすっかり心を許している様子だった。

  彼との付き合いが短いものではないことが分かる。

  それに最後に自分を見た伊勢のあの視線。

  おそらく彼も朔巳のことを……。

  朔巳の方はそんな彼の気持ちに気付いている様子はなかったが、 油断は出来ない。

  朔巳は彼を友人以上には思っていないだろうことは見ていて分かった。

  そんな朔巳に伊勢も無理に思いを告げることはしなかったのだろう。

  今まで朔巳が誰かに目を向けることがなかったのかもしれない。

  しかし、 だからといってこれからもそうだとは限らない。

  それにいつ伊勢が焦れて彼を自分の物にしようとするか分からない。

  もっと朔巳との距離を近づけたい。

  彼が少しでも自分の方を見てくれるように。

  自分のことを好きになってくれるように。

  ふと、 強引に自分の名を呼ばせたときの朔巳の恥ずかしそうに頬を染めた顔を

思い出す。

 「少なくとも好意は持ってくれているよな。」

  多谷はそれが友人に対するものではなく、 恋人に対するものに変わることを

願った。

 そしてそのための努力を惜しむつもりはなかった。