君が好き

 

12

 

 

    結局、 多谷に本当のことを打ち明けることも勝手にメールを止めてしまうことも

できないまま、 朔巳はずるずると多谷とのメールを続けていた。

  夜になると弘海の振りをしてメールを打つ。

  それを読むのはずっと自分が想い続けてきた多谷。

  メールを打つたび、 多谷からのメールを読むたびに、 朔巳は本当の自分は

一体どこにあるのか分からなくなっていった。

  日に日に昼と夜の自分が別々の違う人間になっていく感覚。

  多谷が好きな自分。

  多谷が好きだった弘海。

  ただ、 こうやって同じ恋しい人にメールを打つ。

  そのことだけが現実のものだった。







  「河野っ 次の時間ヒマ?」

  自分を呼ぶ声に振り返る。

  そこには笑って自分を見ている多谷の姿があった。

  友達と言った多谷の言葉はその場限りのものではなかった。

  言葉どおり、 多谷は朔巳の姿を見れば声をかけるようになった。

  お互い時間が空けば、 昼食に誘われる時もあった。

  自分の目の前でおいしそうにカレーを食べる多谷の姿を、 朔巳は信じられ

ない思いで眺めていた。

 「ちょうどよかった。 お前が探してるっていう本、 駅前の古本屋で見つけたぜ。」

 「え、 嘘。 この前行ったときには無かったはずなのに……」

 「2、3日前に入ったばっかりって言ってたから。 ほら。」

  そう言って差し出される本に、 朔巳は目を見開いた。

 「……買っててくれたのか?」

 「誰かが先に買っちまうと困るだろう。 ちょうど手持ちの金あったし。」

  なんのてらいもなく言う多谷の笑顔に朔巳はぼうっと見とれた。

 「河野?」

  何も言わない朔巳に多谷は怪訝そうな顔をした。

 「もしかしてもういらないとか? 俺、 余計なことしたか?」

 「ち、 違う……ありがとう、 ホント探してたから。」

  あわてて本を受け取る。

 「よかった。」

  多谷は朔巳の礼の言葉に嬉しそうに笑った。

 「……お礼にお昼でもご馳走するよ。 ……昼まだだろう?」

  授業が終わるとすぐにやって来た多谷に、 朔巳はそう見当をつけて言った。

 「いいのか? ラッキー。」

  おずおずと誘うと、 多谷は喜んだ声で言った。

 「……こっちこそ、 すごく助かった…」

  朔巳は多谷の笑顔に釣られるかのようにうっすらと笑みを浮かべた。

  と、 多谷がすいと手をのばして朔巳の眉間を指で突いた。

 「たっ多谷?」

  突然のことに、 朔巳は突かれたところを手で抑えながらうろたえた声を

出した。

  「お前、 本当おとなしいよな。 もっとそうやって笑えよ。 お前の笑い顔結構

いいのに。」

  多谷がからかうように言う。

  朔巳は自分の頬が熱くなるのを感じた。

  それを見て、 多谷がまた笑う。

 「お、 赤くなった。 何照れてんの。」

 「べっ別に照れてなんか……」

  思わず言い返す。

 「そうそう、 そうやってもっと俺に言い返せよ。 お前のまじめなとこ俺好き

だけどさ、 もっとたくさんしゃべったほうがずっといいぜ。」

  多谷の言葉に朔巳は額を抑えていた手もそのままに、 目を見開いた。

 「河野? 学食行くんだろう……どうかしたか?」

  呆然と立つ朔巳に多谷が呼びかける。

 「ごっごめん、 行こう。」

  はっと我に返った朔巳は、 学食に向かって歩き出した多谷の後を急いで

追った。

 「何ぼんやりしてんだよ。」

  美人でも見つけたのか?

  慌てて横に並んで歩き出した朔巳に、 多谷がからかうように言う。

  それに適当に言葉を返しながら、 朔巳は先程の多谷の言葉を頭の中で

反芻していた。

  まじめなとこが好き。

  好き。

  多谷はそう言った。

  朔巳のことを好きだと言ったのだ。

  それが友達としての言葉であってもよかった。

  恋しい相手から初めてもらった好意の言葉に、 朔巳は嬉しくて涙が出そうに

なるのを必死に抑えていた。