Spicy Bombe










「あんのくそやろーーっ!!」

 ダンッと包丁がまな板に突き刺さる。

 その音に健太はビクッと身を縮ませると、傍らの貢にしがみ付いた。

「先輩……怖い………」

 怒りのオーラを全身に漂わせている淳平は常よりも怖い存在に見える。

 手に持った包丁がさらにその恐ろしさを大きくしている。

「こらこら、淳平。健太君が怖がってるだろう。ちょっと落ち着けよ」

「ああ?!」

 見かねた貢が苦笑混じりに声をかけるが、じろっと凶暴な視線を向けられ、ますます健太は

貢にしっかりとしがみ付いた。

 その必死な様子が可愛く思え、貢が場違いな笑みをこぼす。

 そしてよしよしと少年の頭を撫でる。

「けっ!」

 それを見た淳平が心底嫌そうな顔をする。

 いつもの見慣れた光景だったが、今の淳平にとっては不愉快なものでしかない。

 見るもの聞くもの全てが神経に障る。

 ちくしょう……あの超わがままバカ男……一体どうしろってんだよ……!

 思い出すほどに腹が立つ。

 楽しみにしていると言いながら、嫌味な笑みがその言葉を裏切っていた。

 できるのか?と、目がそう言っていた。

「むっかつく……っ」

 冗談じゃない、このまますごすごと引き下がってたまるか。

 意地でも自分の料理をあいつに食わせてやる。

 見ていろよ……! あの外見大人内面くそがきヤロー!

 まな板の上の人参をダンッと真っ二つにする。 続けて大根も皮ごとダンッダンッと

乱暴に切っていく。

 健太が怯えた顔をしてこちらを見ているのが目の端に移ったが、だからなんだというのだ。

 こっちは頭が痛い問題を抱えているのだ。少しくらい……

「……………ん?」

 目に付く野菜を片っ端から手打ちにしていた手がぴたっと止まる。

 待てよ?

「そういやここにも一人ガキがいたな……」 

 くるりと健太の方を向く。

 淳平の目がまっすぐ自分に向けられていることを知った健太がますます怯えた顔をして

貢にしがみ付く。

「せ、先輩……淳平先輩がこっち見てる……」

「大丈夫だよ。いくら淳平でも健太君を取って食いやしないから」

「……食ってんのはてめえの方だろ」

 だれがそんなガキ……。

 ニコニコと少年を宥める悪友に淳平がぼそっと呟く。

「おい、ガキ。ちょっとこっち来い」

「え……やだ……!」

 くいくいと指で呼ばれ、健太はあわてて貢の背中に隠れた。

 貢もその意図がわからず、首を傾げて淳平を見た。

「淳平……まさかと思うけど一応。健太君は僕のものなんだよ」

「そんなこと言われなくてもわかってる! いいからそのガキこっちによこせ!!」

「やだ〜!! 先輩〜〜〜!!」

 首根っこを掴まれ、貢の背中から引き離された健太がじたばたと恐ろしい悪魔の手から

逃れようとした。

「うるせえな、黙ってこっちに来い!」

 自分が元いたところまで暴れる少年を引きずっていく。

 そして、

「おい、お前この中で嫌いなものあるか?」

「………………え?」

 健太の動きがぴたっと止まった。

 今、何を言ったのだろう。

 おそるおそる淳平の顔を見上げる。

「だ〜か〜らっ お前の嫌いなものはどれだって聞いてんだよ!」

 さっさと答えろ、と淳平がまな板の上をイライラと指差した。

「……ひっ! あのっ、あのっ! こ、これ!」

「人参? それだけか?」

 健太が指差したものを確認し、淳平がじろりと目を向ける。

「あ、あと! これと、これと…これ……!」

「しいたけ、ピーマン、それから………たまねぎか」

「へえ、健太君、そんなに嫌いなものがあるんだ。いけない子だなあ」

 後からついてきていた貢がおやおやといった顔をした。

「だって……おいしくないんだもん」

 もじもじと恥ずかしそうに下を向く。

「だめだよ。ちゃんと野菜も食べなきゃ大きくなれないよ」

「貢先輩………好き嫌いする子は嫌い?」

 心配そうに貢の顔をうかがう。

「まさか。大丈夫だよ。そんなことじゃあ健太君のこと嫌いになんかならないよ」

「ほんと?」

「………おい」

「本当だよ。それにこれからはちゃんと俺が健太君の食事も面倒みてあげようね」

「先輩が?」

「おい」

「そうだ。明日からはお弁当を作ってあげようか? 健太君、お昼お弁当一つじゃあ足りない

だろう?」

「お弁当?! 本当に?!」

「おいこら」

「健太君の好きなもの、たくさん入れてあげようね」

「うん!」

「うん、じゃねえ!! こっちの話を聞きやがれ!!」

 淳平を無視して、またしても二人だけの世界に入ってしまいそうだった彼らに、ついに大きな

雷が落ちた。

「きゃあっ!」

 健太がまた怯えた顔で貢にしがみ付く。

「淳平、そんなに大きな声を出さなくても聞こえているのに」

 困った奴だな、と貢が首を振る。

「うるせえ! お前は引っ込んでろ! おいっ! 健太!」

「は、はい!」

 名前を呼ばれ、健太が引きつった返事をした。

 その怯える顔を見てにやりと笑うと、淳平は言い放った。

「今からこの俺がお前のために料理を作ってやる。ありがたく思え」

 とても健太のためとは思えないその表情に、健太はいらない、と心の中で首を振った。

 しかしとても口にはできない。

「せ、先輩〜」

「大丈夫だよ。淳平はああ見えても料理の腕は確かだから。変なものは食べさせないよ。

………多分」

 貢は困った顔でそう笑った。

 多分、じゃイヤ〜〜!

 健太は泣き出しそうになりながら心の中で叫んだ。

 その隣で、淳平が口元にゆがんだ笑みを浮かべながら料理にとりかかっていた。