Spicy Bombe
10
「おら、食え」 「うわ〜っ!」 ドンと並べられた料理を見て、思わず健太の口から歓声があがった。 びくびくと淳平の一挙手一投足を伺っていたことを忘れる。 「せ、先輩、先輩! ピカチュウがいる! ほら!」 興奮した声で貢に伝える。 指差す皿の上には、なるほど人気のアニメキャラを卵でかたどったものが乗っていた。 「へえ、器用だね。淳平、こんな芸もできるんだ」 同じく皿を覗き込んだ貢が感心した声を上げた。 「うん……すごい……」 うっとりと皿の上の料理に見とれる。 そんな健太の頭を淳平はポコリと叩いた。 「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと食え」 「う……」 痛い、と頭に手をやって恨めしそうな目で淳平を見た健太だったが、すぐに気を取り直して 目の前の料理に目を戻した。 淳平への恐怖心よりも食欲の方が勝ったのだ。 いそいそと箸を手に取る。 「いただきま〜す!」 ぱくりと一口食べる。 と、その顔がにへ〜と崩れた。 「美味し〜 お寿司だあv」 ピカチュウの正体は五目寿司だった。 「僕、こんな美味しいお寿司初めて〜v」 美味しい美味しいとぱくつく健太に、淳平はにやりと笑った。 「そりゃ良かったな。その寿司にはお前の嫌いな人参が山ほど入っているぞ」 「うっ!」 ぴたりと健太の箸が止まる。 「うそ………」 今まで食べていた料理の中身をまじまじと眺める。 「ごぼうと人参をきんぴら風に甘辛く味付けて寿司飯に混ぜた。どうだ、たっぷり入っている だろう?」 「あ……本当だ………」 確かに人参の赤い色が寿司飯に混じってあちらこちらに見える。 「でも人参の味しないよ?」 「バカ、この俺が考えずに生の人参をそのまま使うと思うか? ちゃんと下ごしらえして 青臭さを取ったに決まってるだろう」 「下ごしらえ?」 「あらかじめ人参だけ甘く煮ておいた。だから柔らかいだろう」 「うん、言われるまでわからなかった」 「で? 人参は食えないか?」 「………これなら食べられる。だって人参の匂いしないから」 そう言って健太はもう一口口に入れた。 「美味し〜」 「本当、美味しそうだね」 「先輩も食べる?」 はい、と箸に掬った寿司を口元に差し出される。 「あ〜………うん、本当、とっても美味しいね」 「ねv」 もぐもぐと口を動かしながら頷く貢に、健太も嬉しそうだった。 「だ〜っ! だからそこでイチャつくな! おらっ! 次!」 放っておくと二人だけの世界に入ってしまう彼らをばりっと引き離し、淳平は次の皿を ドンとテーブルに置いた。 皿の上を見た健太の顔が今度は引きつる。 「! 淳平先輩っ! ピーマンが入ってるっ それもとっても大きい!」 鳥の唐揚げらしきものと短冊に切ったピーマンの上にドレッシングのようなものが かかっている。 食べられない〜と泣きそうな顔で悲鳴を上げる健太を、淳平はぎろっと睨んだ。 「うるせえ、とりあえず一口でもいいから食え。食ってみろ」 「う………」 「この俺がお前のために特別に手をかけて作ったんだぞ。それを食えないってか?」 「………」 それでも健太の手は動かなかった。 目にはすでに涙が滲んでいた。 「み、貢先輩〜…」 縋るような目で隣に立つ恋人に助けを求める。 しかし貢は笑って首を振った。 「まずは一口ね? それで駄目なら俺が代わりに残りを食べてあげるから」 「う……ふぇ……」 「おい、さっさと食え。それとも俺が口に入れてやろうか」 「っ! ………食べる、食べます………」 箸を掴み、恐ろしげな笑みを浮かべる淳平に怯えた健太が慌てて緑色の天敵を 箸で摘まみあげた。 「………」 が、そこから口に持っていけない。 「食え」 「健太君、頑張って」 恋人と悪魔の声援を受けて、健太は意を決するとえい、と目を瞑って口の中に放り込んだ。 もぐ……もぐ……もぐ…もぐ、もぐ。 「………?」 顔を顰めてゆっくりと口を動かしていた健太だったが、しばらくするとその表情が驚きに 変わった。 「……ピーマンの味がしない」 あの独特の苦味と青臭さがないのだ。 「え? え? 何で?」 「美味いか?」 そんな健太に淳平がまたにやりとした。 「美味く……はないけど、まずくもないよ。これなら食べられる。でも何で?」 じっと皿の上を見つめて首を傾げる。 「淳平、どうやって匂いを消した?」 貢も指で摘んで口にいれ、ひょいと眉を上げた。 「ピーマンのあの独特の苦味と匂いは皮にあるからな。表面を火で炙って炭状にしてから 全部削り取った。あとはマリネ風に唐揚げと一緒に特製のタレに漬け込んだ」 「へえ……」 「この唐揚げ美味し〜」 健太は鳥の唐揚げを頬張って歓声をあげた。 「あ、そのタレにはたまねぎがはいっているからな」 「……っ!」 「焦がさないようにじっくりと炒めてからペースト状にすりつぶしたんだ。美味いだろう?」 「…………」 健太は唐揚げを口に入れたまま固まっている。 「たまねぎはじっくり火を入れると臭みがなくなり甘くなるからな。それにコクも出る」 うんうんと貢が頷く。 「やっぱり淳平の料理はさすがだな」 「当然だ」 友人の賛辞に淳平は大きく胸を張って答えた。 |