Spicy Bombe




11








「ごちそうさまでした」

 健太は箸を置いて手を合わせた。

 その顔はとても満足気だった。

 皿の上は全部見事に空っぽになっている。

「美味しかった〜v 淳平先輩、とっても美味しかった!」

「そりゃよかったな」

「また作ってくれる?」

 期待に満ちた顔でそう尋ねる。

 先ほどまで涙さえ浮かべて淳平に怯えていたのに、美味しい料理の前にはそんな

ものは吹き飛んでしまったらしい。

 食べ盛り、育ち盛りの健太にとっては恐怖よりも食欲の方が勝るのだ。

「馬鹿言え。なんで俺がお前のためにまた作ってやんなきゃならないんだよ」

 しかしそんな健太の期待を、淳平はけんもほろろに打ち破る。

「え〜っ 作ってくれないの?」

 あからさまにがっかりする健太に、貢がこらこらと頭を叩く。

「健太君、どうして淳平に頼むかな〜? 健太君の食事は俺がこれからちゃんと作って

あげるよ。 さっきそう言っただろう? 俺の料理じゃあ不満かい?」

「そんなことない!」

 ぶるぶると健太は首を振った。

「貢先輩の料理もとっても楽しみだもん! 僕、先輩の料理大好き! …………でも、

淳平先輩の料理も時々食べたいな〜って……」

 そうっと淳平の顔色を窺う。

 が、淳平の返事は素っ気なかった。

「貢の料理だけで我慢しろ」

「うう………」

 健太はがっくしと肩を落とした。

「け〜ん〜たく〜ん、あんまり淳平淳平って言っていると、俺すねちゃおうかな〜。

このデザートどうしよう〜」

 そんな健太を見ていた貢が、別のテーブルに置いていたケーキ皿を手に掲げ持った。

 それを見た健太は、慌てて貢にお願いした。

「貢先輩っ! 貢先輩の料理が一番だよ?! 俺、貢先輩の料理だけでいいから、

だからそのケーキ、どっかやらないでっ! 俺食べたい〜!」

 ちょうだいちょうだい、と訴える。

「…………まだ食うのか」

 そんな健太に、淳平は呆れた目を向けた。






「美味しい〜v」

 無事、デザートにありつくこと出来た健太は、至福の表情でケーキを頬張った。

 今日のケーキはチョコレートケーキだった。

 それも、ココアスポンジの上にチョコレートムースを乗せ、そしてその中にはとろりとした

チョコレートソースが入っているという手の込んだものだった。

「幸せ〜vv」

 うっとりと甘いチョコの世界に浸っていた健太は、ケーキを食べ終えてほうっと満足気な

ため息をついた。

「ああ、美味しかったv」

「お腹一杯?」

「うん、お腹一杯v」

 にこにこと貢に答える。

「でもいいなあ〜、淳平先輩にご飯作ってもらっている人。毎日こんな美味しいもの

食べられるんでしょう? 俺も行きたいな〜」

 ふと、うらやましそうに言う。

 それに淳平は苦虫をつぶしたような顔になった。

 むっつりと不機嫌そうに黙り込んだ淳平に、健太は慌てて貢を見た。

「俺、変なこと言った?」

「健太君………」

 最近の淳平の不機嫌の原因をいまいちわかっていなかった健太は、自分がまずいことを

言ったことに気づいていない。
 
 貢は苦笑しながら、そんな健太に教えた。

「あのね、淳平はその人の好き嫌いに困ってるんだよ。 何作っても食べてくれないんだって」

「ええっ!」

 こんな、美味しい淳平の料理を食べないなんて!

 ピーマンを前にして涙目になったことも忘れて、健太はびっくりした。

「どうして? こんな美味しいのに! 俺、嫌いなピーマンも人参もたまねぎもちゃんと

食べられたよ? 淳平先輩の料理だったら大丈夫なのに」

「その人が嫌いなのはそれだけじゃないんだって」

 人参たまねぎはもちろん、ナス、きゅうり、トマト、ほうれん草、レタス、しいたけ、豚肉、

魚、豆、牛乳……………。

 延々と続く嫌いなものの一覧に、さすがの健太も絶句した。

 あんぐりと口をあけて信じられないという顔になる。

「…………そんなに嫌いなものばっかりで、その人一体何食べてるの? 食べるもの

ぜんぜんないよ」

「だから淳平が頑張ってるんだよ」

「うわ〜……大変」

 同情するような目で淳平を見る。

「おい、そんな目で見るな」

 健太にまで同情されたと知った淳平は、ますます不機嫌になった。

「その人、俺よりずっと大人なんでしょう? なのに俺よりも好き嫌いが多いなんて、

子供だね。………そうだ! その人にも俺みたいにピカチュウのお寿司、作ってあげたら?」

 いい案が浮かんだと顔を輝かせる。

「………健太君、それはいくらなんでも………」

 社会に出た大人の男性にそれは、と貢は苦笑しながら首を振ろうとした。

 が、淳平は違った。

「ピカチュウ……そうか、子供の喜ぶものか……」

 なにやら考え出す。

「淳平? まさか本当にピカチュウを作るとか?」

 真剣に考え込む淳平に、貢は本気かと眉を顰めた。

「そういや俺、相手が大人だからって、そういった料理しかしてなかったよな。

考えてみりゃハンバーグとかエビフライとか、子供の好きそうな料理は作って

なかったな………そっちで攻めてみるか」

 うんうんと一人納得する。




「………本当にピカチュウを?」

 そんな淳平を見て、貢と健太はまさかと顔を見合わせていた。