Spicy Bombe

 

 

 

 

   「遅いっ さっさと開けろっ」

  ベルに応じてドアを開けた男の姿を見た途端、 淳平は文句を言った。

  両手に抱えた荷物が重い。

 「また今日はずいぶんと買いこんだものだな」

 「うるせえ、 今日こそはあんたに料理全部食わせてやる」

  そう言って靴を脱いだ淳平に飄々とした声が降りかかる。

 「ああ、 今日はいい。 今から出かけるんだ」

 「え?」

  驚いた淳平は男の方へと振りかえった。

  よく見ると、 いつものラフな普段着とは違う。

  洒落たスーツに身を包み、 髪もきっちりと後ろへ撫でつけられている。

  まるでどこかのエリートサラリーマンのようだった。

  くそおっ ………格好いい……

  思わず見惚れそうになり、 慌てて顔を背ける。

 「ったく、 予定があんなら昨日の内に言えよ。 せっかく今日こそあんたを唸らせて

やろうと思ってはりきってきたのに」

 「仕方ない。 急にクライアントと会うことが決まったんだ」

 「クライアント? ……そういやあんた何の仕事してんだ?」

  もう何度もこの部屋に来ているのに、 雄彦の職業すら知らなかったことに気付く。

 「サラリーマン……じゃあないよな。 平日も家にいるもんな」

  いつ来ても普段着で部屋にいる男を思い返し、 首をひねる。

  「トレーダーだ」

  雄彦がテーブルに置いてあった書類のようなものを整えながら答える。

 「トレーダー?」

 「知らないか? 株をいじってる」

 「株………投資ってやつ?」

  うろ覚えの知識を引き出す。

 「俺が金を出すんじゃない。 クライアントの要望に応えて株を動かす手伝いをするんだよ」

 「へえ……」

  わかったようなわからないような顔で淳平が頷く。

 「………ま、 いっか…」

  それなら今日は帰るとするか。

  そう一人ごちて、 とりあえず持ってきた材料を冷蔵庫にしまおうとした。

 「これは明日に回すしかないもんな」

  明日再チャレンジだ。

  そう心の中で思いながら、 何故かがっかりしている自分に気付く。

  はて………?

  「……気のせいだろう」

  雄彦が出かけてしまうことにがっかりするなんて。

 「そんなことあるはずないもんな」

  そう半ば強引に納得する。

  が、 まだ何か引っかかる。

 「なんだろう………」

  何か、 大切なことを忘れているような………

 「……っと、 外出って、 まさかあんた外で食事するのか? あんたが?」

  突然そのことに思い当たり、 淳平は慌てて雄彦の方を振り向いた。

 「悪いか」

  書類をバッグにいれ、 準備を整えていた雄彦がひょいと眉をあげて答えた。

 「悪いって………問題はそこじゃないだろう。 あんたどうすんだよ。 客の前であんな

みっともない食べ方すんのか」

 「みっともない………」

 「そうだろが。 あんな子供みたいに食べ散らかして、 ぐちゃぐちゃにして。 そんなんで仕事

になんのか? 相手は客なんだろう? 嫌な思いさせたらまずいんじゃねえの?」

 「………言ってくれるね」

  思わず雄彦は苦笑いを浮かべた。

  しかしいつものひどい食事の様子を嫌というほど見せられてきた淳平にとってはこれでも

まだ言い足りないくらいだ。

  本当に、 人前で食事できるものじゃないと思う。

  だが、 そんな淳平の心配を雄彦は平然と振り払った。

 「心配ない。 外では出されたものはちゃんと食べる」

 「そっか、 そりゃ・………って! おいっ そりゃどういうことだよっ!」

  納得しかけた淳平は、 しかしとんでもないことを聞いたことに気付いた。

 「外ではって、 それって………っ」

 「大の大人が人に好き嫌いなんてみっともない真似を見せられるわけないだろう」

  驚きに言葉が出ず、 口をパクパクとさせる淳平を見てにやりと笑う。

 「あんたっ 食えるんじゃないか――――――っ!!!」