Spicy Bombe

 

 

 

 

    淳平は目の前の光景に唖然とした。

  言葉もない彼の前で、 諸悪の根源である部屋の住居人、 杵築雄彦は悠然とタバコを吸っていた。

 「あ、 んた……なんだよっ これは!」

  怒りのあまりにわなわなと震えながら食卓の上を指差す。

  そこには淳平が作った料理のなれの果てがあった。

  野菜巻きは外側の牛肉だけが食べられ、 中のインゲン、 人参は綺麗に残されている。

  風呂吹き大根は味噌ダレのかかっていないところだけがかじられていた。

  味噌汁は汁だけがなくなり見事に具が全て残っている。

  豆腐の葛あんにいたっては手もつけられていない。

 「なんなんだっ! この食べ方はっ!!」

 「言ったはずだぞ、 俺は。 嫌いなものは抜けって。 俺の言葉を無視して作ったお前が悪い。」

 「っ!」

  悪びれた様子もなく、 倣岸に言い放つ雄彦に淳平は怒りが爆発しそうになった。

  確かに雄彦は作る前に自分の嫌いなものを淳平に告げた。

  それを無視して料理を作った淳平にも非はあるだろう。

  しかし……

  用意した食材のほとんどを使うなって言われてどうしろって言うんだ!

  作れば文句を言いながらでも口にするだろう、 と甘く考えていた。

  今日初めて会った人間に、 それぐらいの礼儀はあるだろうと。

  淳平は自分の前にふんぞり返っている男が、 自分の常識に当てはまらないことにようやく気付いた。

 「………上等じゃねえか」

  ぼそりとつぶやいた淳平の言葉に、 雄彦はん?と顔を上げた。

  見ると淳平の目が怒りと挑戦に燃えていた。

 「確かに俺も悪かったよ。 あんた、 言ったもんな。 ああ、 自分の嫌いなもの確かに言ったよ。

それを無理に出して食わなかったからって怒るのもおかしいって言うのも分かるよ。 こっちは

あんたがこんなに大人気無い奴とは知らなかったんでね。」

 「大人気無い? 俺は自分に正直なだけだぞ。」

  淳平の言葉に雄彦はせせら笑った。

 「自分の家で自分の好きなようにしてどこが悪い? 仕事じゃあるまいし、 家の中でまで

嫌なことをする必要はないだろう。」

 「あんたのはただのわがままだろうっ アレルギーがあるってわけじゃなさそうだし、 ただの

好き嫌いに付き合ってられるかっ!」

 「だから別に俺が食事を頼んだわけじゃない。」

 「うるせえっ!」

  平然と言ってのける雄彦に淳平が激昂して叫んだ。

 「見てろよっ! あんたのその偏食、 俺が治してやるっ! 俺の料理をこんな食べ方されて

黙ってられるかっ!」 

  憤懣やる方無しといった様子で言いきる淳平に、 雄彦は面白そうに笑った。

 「どうぞ。 俺に料理食わせることが出来るならやってみれば?」

  その日から淳平のマンション通いが始まった。 

 









  食事作りに雄彦のマンションに通うにつれ、 彼の偏食が尋常じゃないことを淳平は

思い知らされた。

  まず、 野菜はほとんどダメだった。

  食べるのはキャベツ、 大根、 ジャガイモ、 かぼちゃぐらい。

  キャベツなども火を入れないとダメ。

  レタスぐらいはとサラダで出すと、 青臭いからダメと言われた。

  トマトも同様。

  ほうれん草のお浸しも却下。

  きのこ類はしめじやえのきは大丈夫だがしいたけはダメ。

  マッシュルームも置きに召さないらしい。

  豆類も嫌い。

  肉は牛肉はいいが、 豚は嫌い。

  鶏肉は皮がダメ。

  魚介類は貝類は一切ダメ。

  白身の魚は好きだが、 鯖や鰯など青魚は嫌い。

  イカ、 海老は好きでも蛸は嫌い。

  イクラ、 タラコなどの卵はプチプチが気持ち悪くてダメ。

  ウニは磯臭くてダメ。

  カニは殻が面倒で嫌い。 

  牛乳は嫌いだがチーズやヨーグルトなどの乳製品は好きらしい。

  コーヒー、 酒は大好き。

  料理すればするほど、 あまりの偏食ぶりに淳平は頭がクラクラしてきた。

 「ちくしょー………なんとかあいつに料理食わせる方法は……」

  学校でも料理の本が手放せなくなる。

  もともと料理好きで本を読むのも好きだったのだが、 もはやそれどころの話ではない。

 「あいつの鼻を明かさないことには俺の腹がおさまらねえ」

  あのふんぞり返った態度が、 不遜な表情が思い出され、 怒りがこみ上げてきた。

  毎日毎日マンションで料理をするたびに残される残骸に悔しさがつのる。

  それでもやめようとは思わなかった。

  思うにはあまりにも怒りや悔しさが大きくなりすぎていた。

  このままでは済まされない。

  淳平のプライドの問題だった。

  自分でもそこそこに料理が出来ると思っていたのだ。

  そこらの主婦なんかには負けないと。

  自分の腕に自信があったからこそ、 雄彦の偏食ぶりには鼻をへし折られた気分だった。

  今に見てろと思う。

 「必ず俺の料理を美味いって言わせてやるっ」

  負けず嫌いの淳平の闘争心がめらめらと燃え上がっていた。