Spicy Bombe

 

 

 

 

   エレベーターを降り、 目的の部屋まで歩く。

  ドアとドアの間隔が広い。

 「……部屋がそんだけ広いってことかよ。 贅沢……」

  こんなところに一人暮らしをしているというまだ見ぬクラスメートの従兄弟が憎たらしくなる。

 「こんな所に住めるくらいの金持ちが偏食だあ? どんな面してやがんだよ」

  どうせ偏食が祟ってひ弱な偏屈野郎に決まっている。

  淳平は応対の悪さに一気に印象を悪くした相手を、 がりがりの陰気なタイプと決め付けていた。

  が、 その想像は目指す部屋のドアが開いた瞬間に吹っ飛んだ。

  淳平が鳴らしたインターフォンに不機嫌そうにドアを開けた男は、 176cmある淳平が見上げる

ほどの長身の男だった。

 「……上がれ」

  ぶすっとしたまま男はじろりと淳平の顔を見ると、 顎をしゃくって中へと促がした。

  そしてそのまま無言でさっさと中へ入っていった。

  淳平はその態度の悪さにまたむっとする。

  しかし、 とりあえずはと靴を脱いで中に入っていった。

  中は想像以上に広かった。

  ざっと見るだけでリビングのほかに3部屋はある。

 「……すげえ…」

  普通の4LDKの一軒屋に家族4人で暮らしている淳平には、 信じられない光景だった。

 「何をしている、 飯作りに来たんだろう。 さっさと作れ。」

  呆然と部屋を見まわしていた淳平に男が傲慢な口調で言う。

  その態度に淳平のただでさえ細い堪忍袋の緒が切れた。

 「……っ! あんたなあっ その口の聞き方なんだよ! 偉そうにっ」

 「お前、 仕事でここに来たんだろう。 ならさっさとやれ」

 「あんたに頼まれたんじゃねえっ あんたのお袋さんからだっ  あんたに命令される筋合い

はねえっ」

 「なら帰るか?」

 「っ!」

  平然と言う男に淳平はぐっと言葉に詰まる。

 「〜〜〜っ 飯作るっ!」

  材料をダンッと体面式キッチンのカウンターに置くと、 くるりと男に背と向けた。

  胸がむかむかする。

  腹の中が怒りで煮え繰り返りそうだった。

  ああっ!! ちくしょうっ! さっさと飯作ってこんなところ早くおさらばだっ!!!

  心の中で男を罵倒しながら、 がたがたと料理を始める。

  男の一人暮らしということで、 鍋などの調理器具はあるのかと危惧していたが、 その辺りは

案外揃っていてほっとする。

  お袋さんが揃えたのかな〜……

  女でもいたのかもしれない。

  男の容姿は想像とは全く違うものだった。

  淳平は包丁を動かしながら、 背後のリビングのソファにふんぞりかえって新聞を読んでいる

男にちらりと目をやった。

  不機嫌そうに顔をしかめ口を真一文字に閉じたその顔は、 それでも鑑賞に堪えうる相当な

ハンサムだった。

  ざっくりとした生成りのセーターに黒いジーンズをはいたその姿は、 街にでも出れば10人中

9人の女性までは必ず振りかえるだろう格好の良さだった。

  ちくしょう……足長い……

  無造作に組まれた足が長さを物語っている。

  洗いざらしなのだろう、 額を覆う黒い髪はさらりとした直毛。

  襟筋に沿って整えられた髪形は清潔感に溢れている。

  にっこりと笑えばどんな女でも一たまりもないだろう。

  金があって容姿端麗ってか。

  淳平は世の中の理不尽さを呪いたくなった。

  苛立ちをぶつけるかのように、 ダンッと包丁をまな板に振り下ろす。

  その音に男が顔を上げた。

 「……おい、 ところで何を作っている?」

 「………牛肉の野菜巻き、 豆腐の海老葛あんかけ、 風呂吹き大根味噌タレ、 根菜の味噌汁」

  憮然と応える淳平の言葉に、 男は顔をしかめた。

 「野菜巻きの野菜は抜いてくれ。 それと葛あんは嫌いだ。 それに味噌ダレも。 根菜はごぼう、

蓮根、 里芋、 人参もやめてくれ。……ああ、 ネギや胡瓜、 ナス、 玉ねぎもだめだぞ。」

 「な………っ!」

  淳平は男の言葉に絶句した。

  言われた食材を抜いてしまえば料理が成り立たない。

 「ふ……ざけるなっ! そんなんでどうやって料理しろって?!」

  思わずキッチンから身を乗り出して喚く。

 「自分で考えろ。 その為にここに来たんだろう。」

  顔を真っ赤にして怒りをあらわにする淳平に、 男はフフンと笑いながら言った。