Spicy Bombe
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「本当にここか?」 淳平は目の前にそびえる高層マンションを胡乱な目で見上げた。 どう見ても手の中のメモと住所は合っている。 目指す部屋はこのマンションの8階だ。 しかし、 足を踏み入れたこともないような高級マンションにさすがの淳平も腰が引けた。 一瞬引き返そうかと思う。 「でも、 頼まれちまったもんなあ……」 仕方ない、 とため息をつくと、 意を決してエントランスに足を踏み入れた。 警備室の前を通り、 メモにある部屋番号を数字キーに打ち込む。 しばらくすると、 不機嫌そうな低い声がした。 ”…………はい” 「あ、 俺野坂って言いますけど……」 ”野坂? …知らないな。 何の用だ?” 不機嫌そうな声音に不審そうな色も混ざる。 淳平はむっとしながら言葉を続けた。 「あんた、 杵築の従兄弟だろう。 頼まれたんだよ。 飯作ってやってくれって。」 ”飯? ………あいつ、 また余計なことを……いい、 帰ってくれ” 「え? ち、 ちょっと……っ」 そのままインターコムを切ってしまいそうな様子に、 淳平は慌てて言った。 「帰れって言われても困るんだよっ 俺、 その為の材料費もらって用意して来てんだから!」 ”持って帰っていいぞ” 「んな訳いかねえだろっ 杵築はあんたの母親に頼まれたって言ってたぞっ 勝手なこと 出来るはずねえだろが。 一度あんたのお袋さんに連絡してくれっ それでもういいって言うん なら俺はこのまま帰るけどっ それまでは帰れねえよっ」 ”お袋が………また妙なことに……ちょっと待て” ぶつぶつと言う声がインターコムを挟んでこちらにまで聞こえてくる。 もともとそう気が長い方ではない淳平は、 もうキレそうになっていた。 心の中でクラスメートを罵る。 杵築の野郎、 明日見てろよ…… 思いつく限りの悪態を心の中でつぶやいているうちに、 相手も連絡をとっているのか、 かすかに話し声がする。 しばらくエントランスで苛々と待っていると、 ようやく鍵の開く音がした。 ”入れ” 相手はそう一言言うと、 さっさとインターコムを切ってしまった。
高校でもう一人鷺沼貢と二人だけで料理研究部をやっている淳平は、 その部活の 一環としてやっている学校内からの依頼注文をクラスメートから受けた。 母親が交通事故で入院してしまった2週間の間、 夕食用の弁当を作って欲しいというもの だった。 父親と二人家に残された杵築は、 最初の一週間こそコンビニや弁当屋の弁当でしのいで いたらしいのだが、 料理好きの母親に手作りの味に慣れさせられていたためか、 すぐに 出来合いの味に辟易し始めた。 そこで同じクラスの淳平に頼みこんできたのだ。 材料費に色をつけると言う杵築の話に、 少ない部費をやりくりしていた淳平はすぐに 飛びついた。 こうして2週間の間、 淳平は杵築の家の夕食の面倒をみることになった。 それがどうしてこんなことになったのか。 たまたま用事があって杵築の家に来た彼の従兄弟が淳平の弁当を気に入り、 口にした というのが彼の母親の耳に入ったのだ。 従兄弟というのがひどい偏食で、 昔から母親の悩みの種だったらしい。 それが社会人になり、 一人暮しをするようになってますますひどくなった。 それが淳平の料理を気に入ったというのだから、 母親が喜ばないわけがない。 ということで、 杵築を介して彼の母親から淳平に、 しばらくの間彼の従兄弟、 杵築雄彦 の食事の面倒をみることを頼まれたのだ。 お礼ははずむという話を聞いた淳平が否というはずがない。 しかも自分の料理が偏食者にまで気に入られたと聞いて気を良くした淳平は、 その従兄弟のマンションにしばらく通うことを快諾したのだった。
淳平は鍵の開いたエントランスドアを睨みつけてぼそっとつぶやいた。
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