Spicy Bombe




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「・・・・・・はい?」

 貢は一瞬、健太が何を言っているのかわからなかった。

 食べられない? 何が? ・・・・・・淳平の料理が? しかも怖いって・・・・・・。

「け、健太君、それって・・・・・・」

 さすがの貢も健太の思わぬ訴えに絶句する。

 食べることが大好きな健太の口から、まさか食べられないという言葉が出てくるなんて思いもしなかったのだ。

 それも食べることが怖いなんて・・・・・・・・・。 まさか拒食症? いや、でもさっきまで美味しそうにお菓子をぱくついて

いた。 そんなはずはない。 じゃあ太ってしまったからダイエット? いや、健太は練習のハードな陸上部だ。 それに

どんなに食べても食べても筋肉がついてくれないと、先日も落胆した表情で自分の細い腕を見ていたではないか。 

なら・・・・・・。

 貢の頭の中が様々な考えが浮かんでは消える。

 健太の方はというと、もう泣きそうな顔で必死に貢を見つめている。

「・・・・・・健太君、食べられないってどういうことかな? まさかどこか具合でも悪くなった?」

 ようやく気を取り直した貢が、本人に聞いた方が早いとばかりに尋ねる。

 尋ねられた健太は、ちらりと淳平の方を見て、ますますしょぼんと体を小さくする。

「あの・・・あのね」

「うん」

「淳平先輩の料理、すごく美味しいから、だから食べるのが怖いんだ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 健太の答えに、貢は再度言葉に詰まる。

 美味しいから怖い? 食べられない? ・・・・・・・・・・・・・・・ぜんぜん意味がわからないんですが?

 言っている意味がわからず、まじまじと健太を見つめてしまう貢に、健太は目に涙を溜めて必死に訴えた。

「あのね、淳平先輩って、この一週間ずっと僕に料理を食べさせてくれるじゃない」

「ああ。そうだね」

 そうだ。 何があったのか突然例の偏食家の所に行かなくなったかと思うと、この調理室の中に不機嫌のオーラを

漂わせながら料理を作っては健太に食べさせている。 それもこの一週間毎日だ。

 しかしそれがどうして食べられないということになるのだろう。

 確かに淳平のあまりの不機嫌さに、彼の側に近寄ることも怖がっている健太だが、しかし料理が食べられるということは

また別だ。 むすりとした淳平が無言で差し出す料理を、ビクビクとしながらも喜んでぱくついていたではないか。 

それも貢が嫉妬してしまいそうなほど嬉しそうな顔で。

「淳平先輩、ピーマンやしいたけとか僕の嫌いなものを絶対に料理して出すの。僕、どうしても食べられないって思うんだ

けど、でも先輩の作ったお料理を一口食べると、とても美味しくて全部食べてしまうの。本当に食べられないっていつも思う

のに・・・・・・。 だって大っ嫌いなシイタケだよ? 今までどうやっても食べられなかったんだよ?」

 自分がどれだけシイタケやピーマンが嫌いか、健太は必死に貢に訴える。

「匂いなんて嗅いだだけでウェッてなるくらいなのに。 ピーマンのあの形を見ただけで気分が悪くなりそうだったのに・・・

なのに美味しいんだもの・・・・・・おかしいよ」

「健太君、それって・・・・・・」

 必死に訴え続ける健太に、貢はふとあることに気づいた。

「もしかして、嫌いじゃなくなったのかもって、そう思った? 淳平の料理が美味しいから?」

「だって、本当に食べられたんだもん。それもぜんぜん変な匂いしないし、すごく美味しくて・・・・・・」

 なのにね、とまたウルウルと瞳を潤ませる。

「家でお母さんの料理を食べると、やっぱりまずいんだ。 変な匂いがするし、口に入れただけで気分が悪くなるくらい

まずくて食べられないんだ。 淳平先輩のお料理だったら食べられるのに・・・・・・同じシイタケやピーマンのはずなのに。

なのにどうしても食べられないんだよ。 どうして? 僕、頭の中が変になりそう・・・・・・淳平の先輩の料理を食べれば

食べるほど、口ではすごくおいしいって思うのに、どんどん頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって・・・・・・僕、どうしよう。

淳平先輩の料理食べたいのに、すごくおいしいのに、でも食べられない・・・食べるのが怖いの。 貢先輩、僕、どうしたら

いい?」

「それは・・・・・・」

 健太の訴えは、貢の想像を超えたものだった。 よもや淳平の料理の腕が良すぎて、それが健太の中に葛藤を生むことに

なるとは。 嫌いなはずなのに美味しいと思ってしまうことに、健太の心の中で矛盾が生じてしまったのだろう。 

 淳平の料理がきっかけで、健太の好き嫌い自体が治ったのなら良かったのだ。 だが、実際には食べられるのは

淳平の料理だけ、他の料理では食べられないとなると・・・・・・・・・。

 元々単純な健太の頭では、嫌いなものは嫌い、食べられないとしか考えられないのだろう。 料理をする人の手に

よっては、嫌いなものも美味しくなるのだということがどうしても理解できないに違いない。

 思わず大きなため息が洩れる。

 貢は初めて淳平の料理の腕前に対して、恨めしい気分になった。