Spicy Bombe




20








「何やってんだ。さっさと食え。料理が冷めちまうだろが」

 えぐえぐと泣く健太にため息をついた貢の背後で、淳平が不機嫌そうに立っていた。 その手には出来上がったばかり

だろう料理の乗った皿がある。

 それを見た健太がびくっと顔を引きつらせて、さらに涙目になった。

 これは相当ストレスになっているな。

 貢はまたため息をついて、恋人をこんな目に合わせた張本人を胡乱な目で見た。

「淳平・・・・・・」

「ああ? 何だよその目は。そんなに睨むこたないだろ。こいつが俺の料理を食うのがそんなに気に入らないのかよ」

 自分をじとっと睨む貢に言いながら、健太の前にドンと手にした皿を置く。

「・・・・・・っ」

 健太は恐ろしい物を見るような目で目の前に置かれた皿に目をやった。 出来立ての湯気を立てているグラタン。

とろりと溶けたチーズが黄金色に光って見るからに美味しそうだ。しかしチーズの間からちらりと見えるのは

健太の大嫌いな玉ねぎ、そしてピーマン・・・・・・。

「せ、先輩・・・・・・」

 縋るような目で見上げられ、貢はよしよしと可愛い恋人の頭を慰めるように撫でた。

「何だよ。何ぼうっとしてんだ。さっさと食わないとせっかくの料理が冷めちまうだろが」

「淳平」

 貢は不機嫌そうな顔のまま健太を脅すように料理を指差す淳平の首根っこをぐいっと引っ張ると、恋人の傍から引き離した。

「っ! 何しやがる!」

「ちょっとこっちに来い」

「何だよっ おいっ どこ掴んでんだ! 離せっ!」

 そのままズルズルと調理台のほうへと引きずられた淳平は、自分を猫の子のように掴んで離さない貢の手から逃れようと

ジタバタと暴れながら怒鳴り散らした。

 その様子を健太がビクビクとしながら眺めている。

「おいっ! 離せって・・・っ」

「今日の献立はグラタンと・・・それからこれはチキンのトマト煮とシーフードサラダ?」

 なかなか豪勢なメニューだ。 本当ならこれらは全て例の偏食家の食卓に並ぶものだったのだろう。

 ならば・・・・・・。

「おいっ 何してやがんだ! この手を離しやがれっ!」

 なおも自分の襟首を掴んだまま何事か考えている貢に、淳平は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ああ、悪い悪い」

 そんな淳平の怒鳴り声にやっと自分がまだ悪友の首根っこを掴んだままだったことに気づいた貢は、ぱっとその手を

離して謝った。 が、少しも悪びれないその口調は、さらに淳平の怒りの火に油を注いだようだった。

「てめえっ! それが人に謝る態度かっ ってか! 何やってんだ! おいっ この俺様が作った料理に何しやがる!」

 側で怒鳴り散らす淳平を気にする様子もなく、貢はなにやらゴソゴソと戸棚の中を探し回り、タッパーをいくつか取り出すと、

それに淳平の料理を次々と詰め込み始めたのだ。

「何してやがる! 勝手なことをするな! 俺の料理をどうするつもりだ!」

「どうって・・・」

 尚も手を動かしながら、貢は平然とした顔で言った。

「決まってるじゃないか。 本来この料理を食べるべき人に持っていくんだ」

「っ なっ!」

 貢の言葉に、淳平は目を見開き怒鳴り出した。

「勝手なことをするな! 何であんな野郎に持っていかなきゃならないんだ! すぐに元に戻せっ!」

 貢の手を止めようと手を伸ばしたが、簡単に振り払われてしまう。

「貢! 何で俺の邪魔をする!」

「あのな・・・・・・邪魔をしているのはお前の方だろうが」

 大きなため息をつきながら、貢は料理を詰め込んだタッパーの蓋を閉めた。

「元々この料理は誰のためのものだ? 何を拗ねているのかは知らないが、大事な健太君を困らせるような

ことは見過ごすわけにはいかないのでね。この料理は正当な相手に進呈するよ」

「っ!」

 貢の言葉に淳平は一瞬言葉に詰まったが、すぐに我に返ると真っ赤になって喚き出した。

「何を勝手なことを言ってんだ! 俺の作った料理をどうしようが誰に食わせようが俺の勝手だろうが! 

あんな野郎になんか食わせる気はねえよ!」

「だったら何で毎日こんな手の込んだ料理を作っているんだ。 まさか健太君のため、ってわけじゃないだろう。

いくらなんでも健太君の好き嫌いはこんなにひどくないよ」

 毎日淳平が作る料理は、健太が嫌いな玉ねぎやピーマンはもちろん様々な野菜が丁寧な下処理を施され、その

匂いや苦味は全く消されているが、風味だけは上手く引き出している。

 本当に、淳平は料理に関しては、貢も舌を巻くほどの天才的な力を発揮する。

「そ、それは・・・・・・」

 貢の指摘に淳平は反論することが出来ないようで、憮然とした顔で貢を睨みつけた。

「・・・・・・関係ないだろう。俺がどんな料理を作ろうが俺の勝手だ」

「まだそんなことを言うんだ」

 素直に自分の非を認めようとしない淳平に、貢は仕方がないと溜息をついた。

「じゃあ言わせてもらうけどね、淳平。この料理の材料費はどこからでているんだっけ?」

「!」

「引き受けた仕事はきちんとこなさないと。いくら部活動とは言え、仕事は仕事、だろう」

「・・・・・・・・・・・・勝手にしろ」

 今度は淳平もぐうの音もでなかったようだ。しばらくの逡巡の後、淳平はぼそっと呟くと貢に背を向けた。

「もちろん、勝手にさせてもらうよ」

 貢はそんな順平ににっこりと笑うと、料理を入れたタッパーを紙袋に入れた。

「せ、先輩?」

「ああ、健太君。 ということだから、今まで悪かったね。 っと・・・・・もうひとつごめん。今日はもうお菓子、作ってあげられないね。食後に

苺のムースを作ってあげようと思ってたんだけど」

 これを届けないと、と紙袋を持ち上げる貢に、健太はふるふると首を振った。

「ううん。それはいいんだけど・・・・・・先輩が行くの? その淳平先輩の料理の・・・・・・」

「仕方ないからね。あの様子じゃ絶対に自分じゃあ行く気なさそうだし?」

 背を向けたまま、頑としてこちらを見ようとしない淳平をちらりと見て、健太も納得する。

「わかった。じゃあ今日はもう帰るね?」

「え? 一緒に来てくれないの?」

「え?」

 驚いたように答えた貢の言葉に、健太も驚いた顔をした。

「僕も一緒に行っていいの?」

「もちろん。 俺はそのつもりだったけど?」

「えっと・・・・・・」

 健太は少し困った表情を浮かべた。

 例の偏食家の顔はすごく見たい。すごく見たい。自分よりも好き嫌いが激しいというんだから、前からずっと気になっていたのだ。

とっても見たい、見たいのだが・・・・・・・・・。

「・・・・・・今日はやめる」

 迷いに迷った健太の答えに、貢がまた驚いた顔を浮かべた。

「え?行かないのかい?」

「うん・・・・・・・・・」

 本当はすごく行きたいのだが・・・・・・・・・。

「今日はそんなに遅くなったらいけないから。 お母さんが今日は早く帰ってきなさいって。お父さんが久しぶりに帰ってくるからって」

「ああ、そう言えば・・・・・・」

 健太の父親は確か単身赴任中だったはずだ。その父親と久しぶりに会えると、健太が嬉しそうに言っていたのを思い出した。

「それじゃあ仕方ないね」

「先輩、その人の顔、写メしてくれないかなあ」

 それでも例の人の顔を見たいのだろう。 健太が諦めきれない様子でそう言った。が、貢は苦笑でそれに返す。

「う〜ん、それは無理だと思うよ。淳平の話を聞く限りではだいぶ手強い人みたいだからね」

「そっか・・・・・・そうだよね」

 貢の言葉に諦めたらしく、健太はにこっと笑った。

「しかたないか。また次のチャンスがあるよね」

「そうだね。じゃあ・・・・・・健太君、行くよ?」

「あ、待って。先輩、僕も駅まで一緒に行く!」

「淳平、後の戸締り頼んだからね。あ、ちゃんとガスの元栓は締めておいてくれよ」

 貢の言葉に、しかし淳平はなおも背を向けたまま返事をしない。

 その背に苦笑を浮かべながら、貢は健太と連れだって部屋から出ていった。

 残された淳平は、彼らの楽しそうな話声が遠ざかっていくのを聞きながら、調理台の上にあった台拭きをがしっと掴んで投げた。

「・・・勝手にしろっ」