Spicy Bombe




16








 奥から現れた杵築の姿を見た瞬間、淳平の機嫌は一気に最下層まで落ちた。

 見るからにいままでイタシていましたと言わんばかりの、くしゃくしゃに乱れた髪の毛。 スラックスの前ボタンははずれ、

素肌の上からじかに来ているブラウスは一つもボタンを留めずにただ羽織っただけの状態だった。

 男と女の生々しい関係を見せ付けられたようで、淳平は胸のむかつきが一層ひどくなるのを覚えた。

「何をやっているんだ。さっさと中に入ればいいだろう」

 しかし杵築はそんな淳平の内心に気づきもせず、そ知らぬ顔で中へと首をしゃくった。

「雄彦。 本当にこんな子供にあなたの食事を任せているの?」

 口を開いたのは女の方が先だった。 

 彼女もまた苛立ちをあらわにして、杵築に詰め寄っている。

「どういうこと? 私の料理は食べられないくせにこんな高校生の、しかも男の子の料理なら大丈夫だというの?

馬鹿にするのもいい加減にして」

「恵理、まだいたのか」

 杵築は彼女の声に、やっとその存在に気づいたような素振りを見せた。 そしてその言葉がさらに彼女を逆上させた。

 みるみる彼女の形相が変わる。

「馬鹿にしないでっ! あなたにとって私は一体何なのよっ! ただヤルだけの都合のいい女扱いしないでっ!」

 しかし杵築は少しも動じず、ただひょいと眉をあげただけだった。

「恵理。 俺がお前に何か約束でもしたか? セックス友達でいいと言ったのはお前の方だろう。 俺はお前のものに

なった覚えはないし、俺もお前を束縛するつもりはないぞ」

「っ!」

 悔しそうに、恵理と呼ばれた女は唇を噛んだ。

「だって……そうでも言わないとあなた相手にしてくれないじゃないのっ! 本気の女は面倒だってっ だから私は…」

「本気になるならやめろ。 俺は結婚なんて面倒なことをするつもりは全くないからな」

「…………」

 側で聞いていた淳平の方がいたたまれなくなる。

 こんな冷たい言葉を吐く杵築に無性に腹が立った。

「おい。あんたそんな言い方はないだろう」

 思わず口を出していた。

 杵築と恵理が淳平の方を同時に見る。

「あんた女を何だと思っているわけ。 あんまりにも自分勝手だとはおもわないのかよ」

「お前には関係ないだろう。 さっさと中に入って食事を作れ」

「っ!」

 ジロリと睨まれたが、それで引き下がる淳平ではない。 杵築の傲慢な口調にさらに怒りを募らせる。

「あんたなあっ!」

 しかし淳平の怒りの声は、恵理のとんでもない発言に途中で消えた。

「何よっ! 結婚に興味がないなんて言って、本当はその子とよろしくやってるんじゃないのっ! このホモ男!」

「な…っ!」

 信じられない言葉に思わず絶句する。 ホモ? ホモって……あのホモか? 俺とこいつが?

 唖然とする淳平の前で、恵理はさらに罵声を続けた。

「食事を作らせるなんて言って、その後何をやっているのかっ それに本当にこんな子が料理なんてするの? 

どうせ形だけのろくでもない料理でしょうけどねっ」

「っ!!!」

 淳平の顔が怒りに赤くなる。 あまりの侮辱に体中が熱くなった。

 俺の料理がなんだって? ろくでもない? 形ばかり?

「私が作った料理の方がよっぽど上のはずよっ なのにそれを……馬鹿にするのもいいかげんにしてっ!」

「馬鹿にしてるのはそっちだろうっ 黙って聞いてりゃ言いたい放題」

「な、なによっ」

 淳平の反撃に恵理は少し怯んだようだった。 しかしすぐにキッと淳平を睨み返した。

「だ、大体あなたみたいな高校生の男の子が料理だなんて変よ。どこかおかしいんじゃない」

「……んだと……?」

 杵築と恵理との争いのはずが、いつのまにか淳平と恵理の争いに変わってしまっている。

 そもそもの原因である杵築はというと、そんな二人をどこか楽しそうに眺めていた。

「男が料理してどこが悪いんだよ。 世の中の料理人は半分以上が男だろうがっ! つまんねえことをごちゃごちゃ

言うなっ そんなんだから杵築にもまともに相手してもらえないんだよっ!」

 いつのまにか杵築を擁護するような発言までしてしまっている。

「なんですってっ!?」

「俺の料理がろくでもないって? じゃああんたの料理はどうなんだよっ 見せてもらおうじゃないかっ!」

 そう言うと、淳平は玄関先に立つ杵築を強引に押しのけて、ずかずかとキッチンへと入っていった。

 思ったとおり、キッチンのダイニングテーブルの上には料理の皿が並んでいた。 おそらく、恵理が杵築に食べさせようと

作ったのだろう………本人の了解も得ずに。

 皿の上の料理を一目見て、杵築が即座に拒絶しただろうことがわかる。どの料理にも杵築が苦手なものが入っているのだ。

しかも漂ってくる匂い。

 淳平はせせら笑うように言った。

「なんだ。あんたの方がろくでもない料理作ってんじゃねえか」

「なんですってっ!」

 後に続いてきた恵理が、淳平の言葉に噛み付く。 自分の料理によほど自信があるのだろう。

「私の料理のどこがまずいっていうのよっ!」

 淳平はキッチンの鍋の中をひょいと覗き込むと、お玉で一口含んだ。

「………あんたきちんと出汁とったのかよ。 これ、だしじゃこの量多すぎ。しかも鰹節、水から入れたんじゃないのか。

魚臭えぞ」

「っ!」

「この炒め物、油多すぎだし。ギトギトになってるぞ。 こんなの食ったらコレステロール値が高くなるじゃないか。

それに炒めすぎ。野菜のいい触感が全部なくなってるし。全部の野菜一度に入れたな。 固さによって炒める順番が

あるってことぐらい知っているだろう」

「………」

「魚、煮崩れているし。 落し蓋……ああここにはなかったよな。 もしかしてないからってそのままにした? アルミホイルで

代用できること、知らない?」

「………」

「なによりもさあ。 杵築のこと好きだってんならこいつの好み、知ってるべきじゃないの。 この料理、全部こいつの嫌いな

ものばっかりだぜ」

「え……」

「まあ。 こいつの食えるもん作ろうとしたら苦労するけどな。何せ偏食が尋常じゃないからな」

「そんな………雄彦、いつも外では何でも食べてるじゃない。 好き嫌いないって……」

 恵理が杵築の方を見るが、男はひょいと肩をすくめるだけだった。

「別に教えることじゃないだろう。それだけの関係だ」

「…………」

 その言葉に恵理は悔しそうに唇を噛み締めると、ギッと杵築を睨んだ。そして淳平にも鋭い視線を送ると、ふいっと

身を翻し、その場から出て行った。

 少しして、玄関の扉が乱暴に閉まる音がした。