Spicy Bombe




15









「あ〜、キャベツは買ったな……と、それから後は……」

 いつものように買い物を済ませた後、淳平は杵築のマンションへと向かいながら買い忘れはないかチェックしていた。

 マンションのオートロックも勝手に暗証番号を打ち込んで解除する。すっかりと慣れたものだった。

「そういやあいつにメシ作るようになってもう半月経つよな……」

 ふと思う。

 長いような短いような…・…。

 淳平の料理を残さずに食べるようにはなった。 最初の頃のひどい食事風景に比べると信じられないほどの進歩だ。

 経過を報告した杵築の母親は大喜びだった。 淳平の料理の腕を絶賛し、引き続きもうしばらくの間、彼の食事の世話を

頼まれた。 

 しかし淳平はそれで満足したわけではない。 今はまだ相手の味覚に合わせた料理を作っているだけだ。 こちらの作る

料理全てを食べるようにならないと、本当に淳平の料理が認められたと思えないのだ。

「せめて野菜。 もう少し野菜を食えるようにしないと……」

 栄養のバランスが悪すぎる。 作る方も料理の幅が限られて四苦八苦する。

「今日は肉じゃがに挑戦だ。 今日こそちゃんとした玉ねぎを食わせてやるからな〜」

 今までカレーにしろシチューにしろ、杵築の嫌いな玉ねぎ、人参はほとんどを原型をとどめないほどに煮崩していた。
 
 そうすると何とか食べてくれるのだ。 最近では少々の小さな塊ならそのまま口にするようにもなった。

 そうなれば次の段階に挑戦だ。

 ふっふっふっと新たな闘志が燃え上がる。

「見てろよ〜」

 手にした買い物袋を振り回しながら、淳平は杵築の部屋の扉に手を伸ばした。
 
 が、次の瞬間、



 バタンッ!

「っっ!!!!!」


 中から勢いよく扉が開き、真正面にいた淳平は危うく顔をぶつけるところだった。

「な……っ」

 間一髪扉をよけた淳平が、何が起こったのか理解できないでいると、

「何よっ! えらそうにっ!」

 そう吐き捨てるように怒鳴りながら、中から見知らぬ女性が飛び出してきた。

「冗談じゃないわっ まったくなんて………あら」

 中に向かってまだ何やら怒鳴っていたその女性は、しかし目の前に淳平の姿を認めると、途端口をつぐんだ。

 そしてじろじろと淳平の頭の先からつま先まで見ると、手にした買い物袋に目を留めた。 

 不審そうな目でぶっきらぼうに口を開く。

「………あなた誰?」

「え? 俺は………」

「この部屋を訪ねてきたの? まさかね」

 買い物袋から見えるキャベツなどの食材を認め、馬鹿にしたように笑う。

 その表情に今度は淳平がムッとした。 どうして初対面の女にこんな言い方をされなければならないのか。

 むらむらと負けん気が込み上げてくる。

 なかなかの美人なのだが、感じが悪すぎる。淳平の好みではない。 そして気に入らない相手にに対しては、淳平は

女であろうと容赦しなかった。

 きつい眼差しで女性を睨むと、ぶっきらぼうに言った。

「………悪かったな。 ここに用があるんだよ。 わかったらどいてくれよ」

「用? 雄彦に? あなたみたいな高校生が?」

 女の口から当然のように杵築の名が出たことに、知らず淳平の機嫌は下降線を辿っていった。
 
 ムッとした顔のまま、挑戦的に口を開く。

「あんたには関係ないだろう。さっさとそこをどけよ」

「雄彦に一体何の用なのよ」

 しかし彼女も負けてはいない。 入り口で腕を組み、淳平を中に入れさせまいとする。

 そのいかにも杵築は自分のものだという態度に、ますます淳平の機嫌は悪くなっていく。

「何でもいいだろう。 中に入りたいんだけど」

「その袋は何? 中で何をするつもり? まさか料理を作るっていうんじゃあないでしょうね」

「悪いか」

 何なんだよ、一体こいつは。

 淳平はいつまでも突っかかってくる女に苛立ちを募らせていった。

 彼女が杵築とどういう関係なのか、考えようとすると何故かムカムカする。 ………彼女の服装が乱れていることから

おそらくそんな関係なのだろうが……。

 彼女の胸元のボタンが不自然に外れているのを認め、胸のムカムカがさらにひどくなる。

「料理を作るつもりなの? 雄彦に? あなたが? 冗談でしょう?」

 女の方は淳平の機嫌などお構いなしだった。 それよりも自分の言葉を否定しなかったことに驚いていた。

「だからあんた何なんだよ。 さっさとそこどいて欲しいんだけどっ」

 いつまでも動こうとしない彼女に、淳平はキレそうになった。

 無理矢理にでも押しのけてやろうかと思った、そのとき。



「何を騒いでいるんだ。そんなところで」



 部屋の奥から、杵築が姿を現した。