Spicy Bombe




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 しばらく黙ってテーブルの上の料理を見ていた杵築だったが、やがてゆっくりと

足を進めると、手を伸ばしてチキンライスに飾られた旗を指で摘み上げた。

 無言のまま小さな旗を指で玩ぶその様子を見ながら、淳平が面白そうに話しかけた。

「どうした? 食わないのか?」

 杵築は淳平にちらりと視線を送るとにやりと笑い、椅子に座った。

 そしてフォークを手に取るとチキンライスを掬い、おもむろにパクリと口にした。

「!」

 あまりにも自然なその様子に、淳平は一瞬何が起こったのか理解できなかった。

 …………食った……?

 杵築が食べたのだ。文句も言わず。

 子供が好きなものといっても、淳平が手を加えないはずはない。

 ハンバーグには炒めた玉ねぎがたっぷりと練りこまれているし、ポテトサラダは

キュウリや人参、コーンにレタスまで入っている。スパゲッティには黄ピーマンが。

 彼が今口にしたチキンライスにも、もちろん彼の大嫌いな人参、玉ねぎ、グリンピース

が入っている。

 絶対、いつかのチャーハンのように玉ねぎやグリンピースをほじくり出すと思っていたのに。

 目の前の杵築は何の文句も言わず、チキンライス、ハンバーグ、エビフライ、スパゲティに

野菜たっぷりのポテトサラダまで、しっかりと平らげつつある。

 しばらくの間、呆然とその様子を見ていた淳平だったが、だんだんと口元に笑みが

浮かんできた。

 その笑みは、最後にはにやにやとした笑いに変わった。

「何だよ。食えるじゃんか」

 今まで散々悔しい思いをしてきた分をここぞとばかりに取り返そうとする。

「……何? お子様ランチならOKな訳? ガキじゃん。まるっきりのお子様味覚」

 ガキ、ガキと笑う。

 楽しくて仕方がない。 ついに杵築が食べたのだ!

 勝った!と勝利感と満足感に酔いしれる。




 ………が、その勝利感は長くは続かなかった。




「お子様ランチ? どこがだ」

 杵築が平然とした顔で言った。

「っ! あんた今食ったじゃないか。それがお子様ランチじゃなくて何だって言うんだよ」

 今更何を言うんだと、淳平は馬鹿にしたように言葉を返した。

「あんたが食べたのは間違いなく、お・こ・さ・ま・ラ・ン・チなんだよ。いい加減認めろよ。

自分はお子様味覚ですって。ガキの好きな食べ物が好きなんだよなあ」

 今度は甘〜いカレーでも作ってやろうか?

 にやにやと笑いながらからかう。

 しかし杵築は平然とした顔を崩さない。

 綺麗に食べ終わったばかりの皿を手にしたフォークでコンコンと突付く。

「お前こそわかってないな。これはお子様ランチなんかじゃなくて、普通の洋食ランチ

だろうが」

「………は?」

 きょとんと淳平は杵築を見た。

 何を言い出すのやら。

「あんたこそ何言ってんだよ。これは正真正銘お子様ランチだろうが」

「違う。洋食ランチだ」

 悪びれなく嘯く杵築に淳平は呆れた表情を隠せない。

「あんたねえ………」

「レストラン……ファミレスでもいい。洋食のランチに入っている代表的なものを知ってるか?」

「そんなこと………まずハンバーグだろ? それにエビフライとか魚のフライとかコロッケとかが

あって、それから付け合せにポテトサラダやスパゲッティ…………」

 だんだん声が小さくなる。

「ほら見ろ。やっぱりこれは洋食ランチだろうが」

 杵築がにやりと笑った。

「でも! チキンライスだし! 旗立てたし! プリンだってついてるし……っ!」

 淳平が反論する。

「チキンライスなんて洋食屋のメニューじゃあ当たり前だろうが。それにプリンだって

デザートに頼む奴もいる。旗なんかちょいとつけているだけじゃないか、こうやって

取ってしまえば何の変哲もないただのランチに過ぎないさ」

「〜〜〜っ!」

 淳平は真っ赤になって反論しようとするが、言葉が出てこない。

 ただ口をパクパクとさせるだけだった。

 そんな淳平を見ながら、杵築はさらに言葉を続けた。

「それにな、高級なレストランにだってハンバーグやエビフライのメニューはあるぞ?

それを食う奴は皆ガキなのか?なら世の中の人間はガキばかりになるぞ」

 もう淳平には反論できなかった。

 反論を諦め、がっくりと肩を落とす。

 そこに杵築が楽しそうに止めを刺した。



「ごちそうさま」



 その言葉に、淳平はギッと杵築を睨んだ。

 全部、食わせてやったのに、嫌いな野菜も何もかも全部、残させなかったのに!

 ようやく杵築に自分の料理を全て食べさせることが出来たというのに、淳平の心には

勝利感は微塵もなかった。

 ちくしょう………っ!! この屁理屈大魔王がっ! ちょっと口が立つからって

すかしやがって! ただのわがまま野郎のくせにっ ○○でXXで△△で◇◇〜〜〜っ!!

 淳平は心の中で杵築に対する罵詈雑言を喚き散らしていた。