夜の扉を開いて

 

 

 

    瀬名生は不機嫌さを隠しきれない顔で廊下を歩いていた。

  内心の苛立ちを現わすかのようにその足取りはどことなく荒っぽかった。

  なんなんだ、 あいつは……っ

  つい先程の出来事を思い返し、 さらに不機嫌になる。

  あの藤見という男は最初から何故か自分にたいして冷ややかな態度をとっていた。

  初めのうちは、 それでも他の人間に対しても無口でそっけないと聞いていたので

そういうものかと思っていたが、 次第にそれとは違うものだと気付いた。

  藤見は自分に対してだけ殊に態度が冷淡なのだ。

  人当たりが良く、 ルックスも良い瀬名生はすぐに看護婦達の人気者になった。

  今まで勤めていた大学病院での評判を聞いたのか、 他の医者達も瀬名生を喜んで

迎えいれた。

  だが、 一ヶ月経った今も藤見だけは頑なな態度を崩さない。

  それどころか日を追うごとにその態度は硬化していくようだった。

  同じ外科だということもあって何かと顔を合わせる機会は多い藤見とは何とか仲良く

したいものだと思っていた瀬名生は、 いつまでたっても冷ややかな藤見にほとほと

呆れ果てていた。

  あんなに冷たい態度でよくも他から文句が出ないものだ。

  第一、 患者が黙っていないだろう。

  そう思っていた瀬名生は、 ふと垣間見た藤見が患者にはそんなに冷たい目をして

いないことに気付いた。

  口数が少なく、 要点しか述べない話し方ではあったが、 患者に分かりやすいように

丁寧にゆっくりと話すその姿は、 いつもの自分に対するものとはまったく違うものだった。

  そう気付いた瀬名生が改めて藤見を注意して見ると、 他の同僚や看護婦達には

彼がそれほど冷淡ではないことがわかった。

  自分だけが何故か嫌われている。

  そう気付いた瀬名生は理由のわからないその態度に気分の悪いものを感じた。

  普通自分を嫌う人間に好意を持つ者はいない。

  瀬名生も本来はあまりあからさまに人を嫌ったりする性格ではなかったが、 藤見の

態度はそんな彼の心も頑なにさせた。

  だんだんと瀬名生の藤見に対する態度や彼を見る目も厳しいものになっていく。

  冷ややかな藤見に皮肉気な口調で応戦する。

  同じ冷ややかな視線を送る。

  ちょっとしたことで彼を非難することもあった。





  そしてそれは藤見の心をさらに凍らせていくことになった。







  ある日、 夜勤を終えた藤見は交代の医者に後を任せ、 疲れた体を引きずりながら

仮眠室へと向かった。

  ここ数日続いた急患や容態の急変した担当患者のことで忙しく、 ろくろく休みも

取れない状態だった。

  その上昨夜からの夜勤で疲れもピークに達していた。

  少し仮眠室で休んでから自宅に帰ろうと考えた。

  体が睡眠を要求しているのがわかる。

  だがそれは仮眠室のドアを開けた瞬間に吹き飛んだ。

  仮眠室には瀬名生がちょっと休憩という様子でコーヒーをすすっていたのだ。

  瀬名生は藤見の姿を認めると、 ひょいと皮肉気に眉をあげた。

 「珍しいな、 藤見先生がここに来るとは。」

 「……失礼しました。」

 「待てよ。」

  瀬名生の姿を見て眉をひそめた藤見がそのまま出て行こうとするのを、 鋭い声が

呼びとめる。

  その声は藤見の足を止めるのに充分なほどの力を持っていた。

  思わずドアのノブを握ったまま立ち止まる藤見の側に瀬名生がさっと近寄る。

  そして背後から手を伸ばすとドアの鍵をカチリと締めた。

  驚いた藤見が目を見開いて瀬名生を振り返る。

 「一度君とはじっくり話がしたかったんだ。」

 「……私には話すことなどありませんが。」

  そう言って鍵を開けようとする手を押しとどめると、 瀬名生はぐいと彼の腕を引っ張り

仮眠室の畳の上に強引に座らせた。

 「乱暴ですね。」

  藤見は目の前に腰を下ろす瀬名生に冷たい視線を送る。

 「その目だ。」

 「え?」

  突然言われた言葉が理解できず、 つい問い返す。

 「君のその目だよ。 いつもバカにしているような目つきで俺を見る。 どういうことだ。

俺が君に何かしたとでもいうのか?」

  苛立たしげに藤見を見る。

  だが藤見は何も答えず、 たださらに冷たく凍らせた目を向けるだけだった。

  その視線に瀬名生は怒りに頭に血が上るのを感じた。

 「なんなんだっ 言いたい事があるならはっきり言えばいいだろうっ」

  そう言ってぐいと肩を掴もうとした。

  と、

 「触らないで下さいっ」

  今しも触れようした手を藤見が乱暴に振り払った。

  その態度にカッとなる。

 「ずいぶんな態度だな。 俺が君に何かするとでも思ってるのか。」

  そう言いながら、 心の中にどす黒いものが湧きあがってくるのを感じる。

  この冷たい顔をゆがめてやりたい。

  無表情で冷淡なこの男に別の表情を浮かばせたい。

  そう一度思うと、 嗜虐的な欲望が止まらなくなってくるのが自分でもわかった。

  その感情が表情に出たのか、 藤見がかすかに怯えた表情を浮かべた。

 「何……」

  畳の上を腰でジリジリと後ずさりする。

  だが瀬名生は逃げようとする藤見の腕を、 今度はがしっと両手で掴む。

 「な……っ! やっ止めてくださいっ」

  そのまま抵抗するのをものともせずにその場に押し倒し、 両腕を片手で彼の頭上に

一括りに縫いとめる。

 「やめっ 瀬名生先生……っ」

 「黙ってろ。」

  暴れる体を自分の体で押さえこむと、 瀬名生はもう片方の手を藤見の下半身へと

延ばした。







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