夜の扉を開いて
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風にカルテがはらりとめくれる。 めくれた紙が手に当たり、 藤見ははっと我に返った。 いつのまにかぼんやりしていた自分に気付く。 気を抜くと瀬名生のことを考えてしまう。
「おはよう………」 ゆっくりと目を開ける自分の瞼にそっと触れる感触。 見ると、 瀬名生が自分の顔を覗きこんでいた。 体はしっかりと彼の腕で抱き寄せられている。 「あ………」 途端に昨夜のことを思い出し、 藤見は真っ赤になった。 どうしていいのかわからない。 こんな朝を迎えることになるなど夢にも思っていなかった。 自分を見つめる瀬名生の瞳が優しくて涙が出そうになる。 「藤見?」 恥ずかしくてつい布団の中に潜りこみそうになる藤見を瀬名生がそうはさせまいとする。 「ちゃんと朝の挨拶をさせてくれ。 さっきから早く目が覚めないかとずっと待ってたんだ」 そうからかうように言われ、 唇にキスされる。 「んん……」 朝からするには濃厚すぎる口付けを受け、 藤見はまた頭が朦朧としてくる。 昨夜の残り火にまた火がつく。 腹にあたる固いものが余計に藤見を煽る。 藤見の体にも火がついたことを知った瀬名生は、 昨夜の名残を残す彼の後ろに手を伸ばしてきた。 「!」 何の抵抗もなくするりと入りこむ指に思わず息を飲む。 「……いいか?」 耳元で熱く囁かれ、 藤見は素直に体を開いた。
朝食をとった後、 瀬名生は簡単に身支度を整えると玄関に向かった。 いったん自分の部屋に帰って服を着替えなければならない。 酒とタバコの匂いの残った服でまた病院に出るのに躊躇したせいだ。 玄関先でそう言われ軽く頬にキスされても、 藤見は黙ったままだった。 このまま別れたら、 またあの時のように………… 女性と歩いていた瀬名生の姿を思い出す。 不安がこみ上げてくるのを抑えることができない。 「………まだ余計なことを考えているのか?」 頭上でため息混じりに瀬名生がつぶやく声がする。 顎を持ち上げられ、 目を合わせられる。 「大丈夫だ。 もう忘れたりしない。 ちゃんとお前を愛してる」 その言葉に弱々しく微笑む。 しかし揺れる瞳がその笑みを裏切っていた。 「…………お前に渡すものがある。 病院で待っててくれ」 しばらくじっとその様子を見ていた瀬名生は、 もう一度藤見にキスを送るとそのまま 部屋を出ていった。 その後姿を藤見の不安な瞳がじっと見つめていた。
瀬名生はちゃんと自分に微笑んでくれるだろうか。 カルテに目を落としながらもその目は内容を見ていない。 少し身じろぐと、 たった数時間前まで彼を受け入れていた場所が甘く疼く。 その甘さにまた心が切なくなる。 また彼に裏切られたら……… そう想像してしまう。 あの気が狂うほどの絶望に自分はもう耐えられないだろう。 大丈夫だ………彼は目が覚めてもちゃんと自分に 「愛してる」 と言ってくれた。 だから大丈夫だ。 そう言い聞かせる。 藤見は自分の中に巣くう不安と必死に戦っていた。 |