夜の扉を開いて
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| 「どうした? 藤見先生、
ぼんやりして」 突然肩を叩かれて、 藤見は椅子から飛びあがりそうになるほどびっくりした。 振り返るといつの間に来たのか、 瀬名生がそこに立っていた。 「瀬名生先生………」 今朝、 部屋を出ていった時のまま、 優しい笑顔がそこにあった。 そのことに思わずほっと安堵する。 心の中の不安が薄れていく。 藤見は瀬名生の笑みに答えるようにたどたどしく笑みを浮かべた。 しかしその笑みの裏にある藤見の不安な心を瀬名生は見逃さなかった。 小さくため息をついて藤見を抱き寄せる。 「っ! せ、瀬名生先生……っ!」 誰かに見られるのではと、 藤見が慌てた声を出す。 「大丈夫だ。 誰も来やしない」 そう言いながらも瀬名生は周りを気にする藤見に合わせて体を離してやる。 しかしその前に軽くキスすることを忘れなかった。 「!」 みるみる真っ赤になる藤見を愛しそうな目で見る。 が、 すぐに瀬名生は何かを思い出したようにポケットに手をやった。 「ああ、 そうだ………今朝、 お前に渡すものがあるといったろう。 手を出して」 そう言われ、 藤見はまだうろたえながらも右手を差し出す。 「……っ!」 その上に乗せられたものを見た藤見は驚いて瀬名生の顔を見た。 小さく光るもの………それは鍵だった。 「瀬名生………先生?」 これは……… 震える声が名を呼ぶ。 「離れているから不安になるんだろう? …………一緒に暮らそう」 「!」 藤見は自分が聞いた言葉が信じられなかった。 暮らす………住む? 一緒に? 呆然としたまま手の中の鍵に目を落とす。 瀬名生の部屋の鍵。 それが今自分の手の中にある。 そして彼が一緒に住もうと言っている。 突然のことに頭が動かない。 瀬名生はそんな藤見に苦笑すると、 鍵を持つ手を両手で包み込んだ。 「これはお前のものだ。 俺の部屋に引越して来い。 同じ部屋に帰ろう………朝も夜も、 毎日ずっとお前に好きだと言い続けるから。 お前の心から不安が消えるまで」 そう囁かれ、 藤見の胸に熱いものが込み上げてくる。 「瀬名生先生………」 喜びが沸き起こってくる。 今こそ本当に瀬名生が自分を愛してくれていることを感じる。 「先生じゃない、 貴士だ………芳留」 そう呼ばれ、 はっと顔を上げる。 7年前にたった一度だけ彼の口に呼ばれた自分の名前。 驚いた顔をする藤見に瀬名生は笑って見せた。 まさか……… そんな藤見の思いを見たのか、 瀬名生の握った手に力をこもる。 「………あの時からやり直そう。 お前が俺の部屋に来た、 あの初めての夜から……… あの時、 俺はお前にこう言ったんだっけな・・・・・・・・・” もう少し君と話したい ” ……”可愛くて 俺好みの性格で……好きになったみたいだ。 俺と付き合わないか?”」 藤見の目が驚きに見開かれる。 「………いつ………」 震える唇がそう問う。 「今朝、 お前の寝顔を見ているうちにだんだんと……………昨夜お前にうわごとのように ”好き ” って囁かれたときに思い出しかけてたんだがな」 ちょっと笑って答え、 そして瀬名生はすぐに真面目な表情になった。 「あらためて言う。 俺の恋人になってくれ。 ずっと………今度こそ必ず大事にするから」 藤見の目から涙がこぼれる。 心の中の最後の壁が崩れていく。 「………貴士さん……」 そう小さく名を呼ぶと、 藤見は瀬名生の胸に飛び込んだ。
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