夜の扉を開いて

 

32

 

 

 

    愛おしさにたまらなくなった瀬名生は自分を叩き続ける腕ごと彼を抱きしめた。

  藤見はなおも瀬名生の背中を叩き続ける。

 「好きになんか……嫌いだ……っ あなたなんて……っ」

  うわごとのように何度もつぶやかれる言葉。

 「ああ、 ああ……わかってる、 藤見……」

  その言葉を受け止めながら瀬名生は抱きしめる腕の力を強めた。

 「全部忘れたくせに………っ お、 女の人と…付き合ったくせに……っ」

  藤見の言葉がだんだんと瀬名生をなじるものになっていく。

  まるで今まで心の中に抑えこんでいた怒りや悲しみ、 全てを吐き出すかのようだった。

 「好きだって言った……っ 私を好きだと言ったくせに……どうして……っ 知らん顔して、

目の前であの人と……まるで知らない人を見るみたいに………は、 話しかけてもくれ

なかった……っ どうして………っ」

  瀬名生の腕の中で藤見は号泣した。

 「病院で、 会った時もそうだった……っ はじめまして…って……違うのに……っ

わ、 忘れて………」

 「藤見……藤見………」

  そうだったのか。

  病院で知らず再会した時のことを思い出す。

  彼の気持ちも知らずなんてことをしたのだろう。

  初めて会う相手のように接せられて、 どれだけ彼が傷ついたか………

  また自分は彼を傷つけていたのだ。

  それなのに、 そんな彼を自分は冷たいとなじったのだ。

  瀬名生の心がまた締めつけられる。

 「藤見……すまない…藤見………」 

  どんなに誤っても謝り足りない。

  しかし瀬名生は藤見の次の言葉にははっとしてきっぱりと否定した。

  「きょ、今日だって………そんなお酒の匂いをさせて……なのに、 好きだって……

あの時とおんなじだ……酔っ払って、 全部忘れるくせに………っ」

 「っ! 違うっ」

  酔ってなどいない。

  確かにここに来る前斎藤と少し飲んできたが、 酔うほどには飲んでいない。

  今の自分は確かに素面だった。

 「俺は今は酔っていない。 ちゃんと覚えている。 今も明日も明後日も、 ずっとだ。

ずっとお前のことを好きだと言い続けるっ」

  藤見の頬を片手で覆い、 目を合わすようにして告げる。

  涙に濡れた目が瀬名生の目を見返す。

  その瞳は不安に揺れていた。

 「……ずっとだ。 これからずっとお前を愛している。 決して忘れたりなどしない」

 「…嘘だ………」

  なおも小さくつぶやかれる。

  しかしその目には信じたいという藤見の気持ちが表われていた。

  好きだから、 忘れられないから、 だから瀬名生を信じたい。

  そう目が告げている。

  その目を見た瀬名生は自分の中で何かが崩れるのを感じた。

  じっと目を見つめたまま、 少しかすれた声がささやく。

 「…………愛してる。 ………許さなくていい、 聞いてくれるだけでいいなんて、 それこそ

嘘、だ。 こんなにも俺はお前に許されたがっている………お前に受け入れてほしいと

そう思っている………………お前を抱きたい、 愛したい………心から」

  瀬名生の言葉に、 藤見がかすかに目を見開く。

  迷う目が瀬名生の姿を映し出す。







  しばしの逡巡の後、 いつのまにか殴打が止まっていた藤見の腕が、 そっと背中に

しがみついた。









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