夜の扉を開いて

 

30

 

 

 

    ” 愛してる ”

  その言葉に藤見は呆然と目の前の男を見た。

  瀬名生が今何を告げたのか、 その意味がとっさに理解できない。

  ただ男の目にこれまでにないほど真摯な光が灯っているのが目に入った。

 「な、 に………」

  掠れた声で問う。

  ぼんやりと自分を見上げる瞳のうつろさに、 瀬名生は胸が締めつけられる思いがした。

  こんな、 疲れ果て壊れそうになるほど自分は彼をずっと苦しめてきたのだ。

  言いようのない感情がこみ上げる。

  もう、 彼を苦しめたくなかった。

  これ以上、 これからずっと、 彼を守りたかった。

  その顔に笑みを浮かべさせてやりたい、 少しの曇りもない幸せな笑みを。

 「………君を愛しているよ」

  ただ自分を眺めるばかりの藤見に、 瀬名生はもう一度言葉を口にした。

 「愛してる」

  想いを、 心をこめて、 静かに彼に告げる。

  愛してる、 愛してる………

  それだけが今の瀬名生の全てだった。

 「……そ、 だ……」

  が、 藤見の口からようやく出た言葉は否定のものだった。

 「………うそだ……そんな、 いまさら……嘘……」

  瀬名生に向けられていた瞳が閉じられる。

  下を向いた藤見は力なく首を横に振った。

 「嘘だ………」

 「嘘じゃない、 信じてくれ」

  首を振り続ける藤見に瀬名生は言葉を尽くして想いを伝えようとした。

 「あの夜のことは今も思い出せない。 でも今俺が好きなのはお前なんだ。 今のお前が、

強くて脆くて、 患者の痛みを知って苦しんで……ずっとお前を苦しめてきた俺にまで

思いやりを持ってくれる、 そんな優しいお前が・・・・・・・・・いや、 それだけじゃない。

お前の全てが、 俺が今まで見てきた全てのお前を愛している」

 「やめてくださいっ! 私は……私はそんなんじゃないっ 信じない、 あなたの言葉

なんか…!」

  必死に耳をふさいで瀬名生の言葉を否定する。

 「だめだっ! 聞いてくれっ 頼むから……っ 今だけでいいから………」

  耳を塞ぐ手を掴み、 瀬名生は藤見の顔を覗きこんだ。

  もとより自分が許されるとは思っていない。

  それだけのことを自分は彼にしてきたのだから。

  しかし藤見の苦しみを少しでも取り除いてやりたかった。

  何年も自分の冷たい仕打ちを忘れることが出来ず悲しみ続け、 苦しんできた藤見を、

そんな彼の心も知らず、 また自らの手でその心を傷つけてしまった彼を。

  苦しめたくない、悲しませたくない。

  今、 傷ついた自分の心を守ろうと必死に心を閉ざそうとする彼がたまらなく愛しい。

  愛しくて、 切なくて………そんな彼を傷つけた自分が許せなくて…………

 「藤見……っ」

  呼びかける瀬名生を藤見は頑なに拒み続けた。









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