夜の扉を開いて

 

25

 

 

 

    一緒に飲みに行ったことがある?

  覚えにない。

 「………いつ頃だ?」

 「いつだったかなあ………ん〜………」

  首をかしげる後輩を、 早く思い出せと思わず揺さぶりたくなる。

  自分と藤見の間に過去に接点があったなんて知らなかった。

  知らない間に彼と会っていたなんて………

 「ええと……あ〜……と、 確か俺達が2年のときですよ。 そうそう、 先輩達がこれから忙しく

なるから最後だって飲み会開いたときですよ」

  だんだんと思い出したのか、 斎藤が次第に調子よく話し出す。

 「俺もその時に誘われて………藤見はその時メンバーに入ってなかったんですけど折角だからって

俺が渋るあいつを強引に連れて行ったんですよ。 あいつ、 ああいう場って苦手だから最後まで

嫌がってたんですけど先輩が来るって言ったら途端に素直になって………」

 「最後の飲み会………」

  ぼんやりと思い出す。

  そうだ。 あの時これからは実習など忙しくなるからこんなに遊んでられないだろうと、 友人達と

最後に盛大にやろうと飲み会を計画したのだ。

  あの時に藤見もいた…?

  予想外に大勢の人数が集まったので一人一人のことなど覚えていなかった。

 「覚えていないんですかあ? 俺達ちょっと遅れて行ったんですけど、 先輩やけに藤見のこと

気に入ってずっと一緒に飲んでたじゃないですか。 そうだ。 帰りもいつのまにか二人そろって

消えちゃって……あの後二人でまた飲んでたんでしょう? あいつ次の日二日酔いだって

すごく辛そうだったし」

 「え……」

  あの時のことは後半ほとんど覚えていないのだ。

  最後だからと羽目を外して飲み過ぎた。

  あれほどひどく酔っ払ったのは後にも先にもあれっきりだった。

  いつ自分が店を出たのか、 家に帰ったのかさえ覚えていなかった。

 「そうそう、 藤見はひどい二日酔いだってのに先輩はけろりとした顔で大学に出てきて、

しかもっ! ちゃっかりと大学のミスだった津島さんとくっついちゃってたじゃないですか。

仲良さそうに腕組んで歩いてたの覚えてますよ〜」

  それは覚えている。

  朝、 起きたら誰かが隣にいた名残りがあった。

  酔っ払って誰かと寝たのだとわかった。

  そしてその相手は自分が眠りこけている間に出ていってしまったのだ。

  その時に心のどこかで消沈している自分に気付いた。

  記憶にないはずの一夜がとても気になった。

  誰だかわからないからというだけでなく、 何故か大切なものを失った気がしたのだ。

  なくした記憶の片隅で、 自分がとても幸せな気分で相手を抱いたのを覚えていた。

  だから大学に出て相手を探そうとしたのだ。

  相手はすぐに見つかった。

  彼女がやって来て言ったのだ。

  昨日は楽しかった、と。

 「そうだ。 藤見、 先輩達のこと見たときに何故かすごくショックうけてたな」

  あいつも津島さんのこと好きだったのかな〜

  斎藤がのほほんとつぶやく。

  その言葉に瀬名生ははっとした。

 「ちょっと待て。 俺、 その飲み会の後、 どうしたって?」

 「だから、 藤見と飲み直したんでしょう? 二人で」

  違うんですか? と問う斎藤に、 瀬名生は言葉を返すことが出来なかった。

  ある考えが頭をよぎったのだ。

  まさか、 と思う。

  まさか、 あの時の相手は………知らず自分が抱いた相手は、 津島じゃなかったのだと

したら?

  ジョッキを持つ手が震える。

  あの時、 自分が抱いたのが、 藤見、 だったとしたら………

  まさかと心の中で否定する。

  しかし心のどこかで、 失ったはずの記憶がそれが真実だと訴えている。 

  瀬名生は目の前が真っ暗になるのを感じた。









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