夜の扉を開いて

 

24

 

 

 

   「先輩っ こっちです! こっち」

  自分に手を振る青年を認めた瀬名生は口元に笑みを浮かべると、 賑やかな店の中を彼の方へと

歩いていった。

 「悪いな、 斎藤。 急に呼び出して」

  青年の前の席につくと、 オーダーを取りにきた人間にとりあえずビール、 と注文する。

  あ、 俺も追加ね、 と斎藤が空になった自分のジョッキを振りかざす。

 「かまいませんよ。 俺も今日は予定ないし、 急患もありませんでしたから」

  すでに自分の前にあるつまみの枝豆の皿をどうぞと瀬名生の前に差し出す。

  すぐにビールのジョッキも運ばれてきた。

 「それでどうです? 新しい職場は」

  斎藤はぐいとビールを一口飲むと、 瀬名生に尋ねてきた。

  瀬名生が以前勤めていた病院の後輩だった彼は、 瀬名生が病院を移るという話が持ちあがった

時にひどく残念がっていたものだった。

  大学の後輩でもある彼は、 学生の時から瀬名生をひどく尊敬していた。

  同じ病院で働くことになった時は飛びあがるほどに喜んでいた。

 「まあまあだな。 設備などは良いし、 職場の雰囲気もいい」

 「ちぇっ じゃあこっちに戻ってくることはないですかね」

  本当に残念そうにつぶやく後輩に、 瀬名生は面白そうに笑って見せた。

  そのまま互いの近況などに話が盛りあがる。

  しばらく経ったころ、 ふと瀬名生が思い出したように言った。

 「そういえば………お前、 藤見って奴知っているか? 確か同じ学年だったはずだが」

  さりげなく言い出すが、 実はこの後輩を呼び出したのはそれが目的だった。

  藤見の経歴を事務で調べた瀬名生は、 彼が自分と同じ大学の後輩だったことに驚いた。

  少しでも彼のことが知りたい瀬名生だったが、 あの夜自分の胸で泣いた後はますます声を

かけづらい雰囲気を纏うようになった。

  全身で自分を拒絶しているのがわかる。

  いくら食事などに誘っても一向にのる気配はない。

  このままでは埒があかないと思った瀬名生は、 前の病院に同じ大学の後輩がいる事を

思い出したのだ。

  藤見のことを何か知っているかもしれないとかすかな期待を込めてこの後輩を呼び出した。

  少しでも藤見のことを何か聞ければ、 そう思ったのだ。

 「藤見? ああ………そういえばあいつ、 今先輩と同じ病院でしたっけ。 元気ですか?

あいつ。 俺もしばらく連絡とっていないから」

 「知っているのか?」

 「知ってるも何も………一応友人やってますけど」

  身を乗り出すようにして尋ねる瀬名生に斎藤がきょとんとして応える。

 「あいつ、 俺のこと話してないんですか? ちぇっ 薄情だなあ。 まあ、 先輩がおんなじ病院

に来て浮かれてるんだろうけど………ちくしょう、 今度会ったらからかってやる」

  思いっきりからかってやる、 いじめてやるぞ〜

  斎藤はふてくされたようにつぶやいた。

  だいぶ酒が回っているようだ。

 「浮かれてる?」

  そんな斎藤に、 瀬名生が訝しげな顔をする。

  到底今の藤見とはかけ離れた言葉を聞いた気がする。

 「冗談だろう。 あいつ、 ずっと俺に冷たいぜ。 ………まあ、 俺だけじゃなくて他の誰とも

あんまり親しくしているところを見たことはないだな」

 「それこそ嘘でしょう? 藤見、 ずっと先輩に憧れてたはずですよ」

  信じられない言葉に瀬名生は呆然と後輩を見る。

  すでに酔っ払いはじめている斎藤はそんな瀬名生に気付く様子もなく、 ぺらぺらと大学時代の

藤見のことを話し出した。

 「あいつ、 ずっと先輩のこと憧れてて、 でもあの通り内気でしょう? ずっと遠くから見てるだけ

だったんですよ。 話しかけるのが恥ずかしいって。 あいつらしいっていえばあいつらしいですけどね。

………ああ、 でもそういや一度だけ先輩と一緒に飲みに行ったことあるはずですよ」

 「え………?」

  信じられない事実にただ黙って聞いていた瀬名生は、 斎藤が思い出したように言った言葉に

目を見開いた。

 







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