夜の扉を開いて
18
「飲むか?」 ぐったりとベッドに横たわる藤見に瀬名生はミネラルウォーターのボトルを差し出した。 藤見はゆっくりと体を起こすと、 黙ってボトルを受け取った。 そのまま喉に流し込む。 その様子を瀬名生はじっと見つめていた。 静かに水を飲む横顔からは先ほどまでの嬌態の余韻は少しもない。 しかし喉を反らしてボトルを傾ける藤見に、 自分の物を咥えさせた時のことを思い出す。 少し苦しげに口を大きく開いた顔が脳裏にまざまざと甦る。 あの感触まで思い出しそうになって慌てて意識を別のものに向けようとした。 下半身がまた熱くなりそうだった。 「………部屋まで送っていこう」 その言葉に藤見が意外そうな表情をした。 今まではどんなに藤見が帰りたがっていても瀬名生が帰そうとしなかったのだ。 言葉で脅し、 体で拘束する。 いつも明け方まで意識を失うほどに体を貪られ続けるので、 今日もまたそうなのだと 覚悟していた。 だが瀬名生は疑惑の目で見る藤見をベッドの上に残すと、 さっさと衣服を身につけ始めた。 自分を見る藤見の視線を感じる。 わかっていながら瀬名生は今は藤見の顔を見ることが出来なかった。 見ればまた際限なく彼を貪ってしまうであろう自分を予感していた。 先ほどつい我を忘れてしまった自分を思い出す。 どうしても自分を止めることができなかった。 いままでは藤見を快楽のどん底に突き落としても、 自分がそこに落ちることはなかった。 ぎりぎりのところで踏みとどまることができた。 彼の快感にゆがんだ表情を見て楽しむ余裕さえあった。 なのに……… 自分の中の何かが変化しているように思う。 藤見の冷淡な表情を崩す事だけが目的だったはずなのに、 それだけではなくなりそうだった。 情事の後、 すぐにまたいつもの冷静な表情に戻る彼に苛立ちを覚える。 何度嬌声を上げさせても嬌態を見ても満足できない自分に気付いた。 それだけでは足りない。 そう心のどこかで思ってしまう。 しかしそれが何かを確かめることが怖かった。 先日疲れ切った彼を見た瞬間にふいにこみ上げた感情を思い出す。 頼りなく立ち尽くす彼を放っておけず夕食に誘った。 あの時は本当にそれ以外のことは考えていなかった。 ただ純粋に彼を癒してやりたいと思ったのだ。 どうかしている。 得たいの知れない感情を振り払うように瀬名生は勢い良くシャツを羽織った。 「何をしている。 帰るんだろう、 いつも早く帰りたがっていたじゃないか」 ベッドに起き上がったまま行為の後の体を晒す藤見に目を向けずに言う。 その言葉に藤見ははっと我に返ってベッドから急いで下りた。 「……シャワーを借ります」 そう小さくつぶやいてバスルームに入っていく。 程なく水音が聞こえてきた。 瀬名生はその音を聞きながら、 車のキーに手を伸ばした。 と、 サイドボードに置いてあった携帯電話が急に鳴り出した。
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