楽園の瑕




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 その瞬間、サラーラは何が起こったのかわからなかった。

 突然誰かの大声が聞こえた。 

 そして…………………。

「ファビアス様………?」

 痛いほど強く抱きしめられ、 サラーラは小さな声で男の名を呼んだ。

 その声に応えるように男が小さく身じろぐ。

 どこか近くで、どさりと何かが倒れるような音がした。

「ファビアス様?」

「陛下っ!」

 聞き覚えのある声が、サラーラの耳に届く。

 この声は………。

「……リカルド……?」

「陛下っ! 妃殿下っ! お怪我は?!」

 サラーラの体を囲うように覆っていた体が動き、視界が突然開けた。

 その目に、こちらに向かって走ってくるリカルドの姿が映った。

「陛下っ!」

「遅いぞ、リカルド」

 側にやってきた部下に、ファビアスはそう笑った。

 腕にサラーラをしっかりと抱いたまま。











 ギルスが振り下ろす剣を目にしながら、ファビアスは斬られることを覚悟した。

 しかしサラーラだけは守るつもりだった。 腕にしっかりと抱きしめ、自分の体を盾にする。

 が、いつまで経っても刃が自分の体に食い込むことはなかった。

 代わりに耳に入ってきたのは、何かが突き刺さる音とくぐもったような声。 そして、重い何かが

地面に倒れる音だった。

 見ると、ギルスが目の前の地面に倒れていた。 目をかっと見開いたまますでに絶命している。

 その喉には一本の矢が刺さっていた。

 その矢には見覚えがあった。それは……………。

「陛下っ!」

 自分を呼ぶリカルドの声に、ファビアスは思わず笑みをもらしていた。

 目を向けると、自分が一番信頼する側近が駆けてくる姿があった。 その手に彼の一番得意

とする弓を持って。

「陛下っ! 妃殿下っ! お怪我はっ?」

「遅いぞ、リカルド」

 側にやってきたリカルドに、そう言いながら笑った。 

「ファビアス様?」

 腕の中から小さな声がする。

 見下ろすと、サラーラが不思議そうな顔で自分を見ていた。

「ファビアス様?」

「………何でもない。城に戻ろう」

 言いながらもう一度抱きしめる。

 うん、と腕の中の存在が頷く。

 他の兵士が差し出した馬の手綱を受け取り、ファビアスはサラーラを馬に乗せるとその後ろに

飛び乗った。

「行くぞ」
 
 後に従うリカルド達に告げる。

 地面に転がる死体にはもう見向きもしなかった。















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