楽園の瑕




96












「楽に死ねると思うなよ。 貴様はこのタラナート王を愚弄した……っ」

 そう言う声は激しい怒りに震えていた。

「サラーラを買女と言ったな……俺の子を罪だと…汚らわしい、だと……?」

 唸るような声とともに、血に濡れた剣先が地面に転がるギルスに向けられた。

 が、その剣が男に振り下ろされることはなかった。

 ファビアスはしばらく何かを考えるようにギルスを睨みつけていたが、やがて刃を下ろした。
 
「この場で皆殺しにしてやるつもりだったが気が変わった。 都で民の前で公開処刑にしてやろう。

二度とサラーラを攫うなどという気を起こさぬよう、他のマナリスの残党共に思い知らせてやる。

………その薄汚い口を切り取るか。 それとも体ごと切り刻んでやろうか。どちらにしろ楽には

死なせん。 楽しみにしていろ」 

 その言葉にギルスが苦痛とは別に青ざめる。 しかしすでに歯向かう力は残っていなかった。

 そんなギルスの姿を見たファビアスの口に残忍な笑みが浮かぶ。 目には憎悪の色が濃く

浮かんでいた。

 周りに目を向けると、すでに兵達はその仕事を終えていた。 十数人いたマナリスの残党達は

一人残らず殺されたか、もしくは戦うことが不可能な状態になっていた。

「こいつらを縛り上げて都に連行しろ」

 そう言って蒼白状態で地面に伏せるギルスから背を向けると、サラーラを目で探した。

 兵士の腕に守られるようにいる愛しい存在を見つけると、ファビアスの目から怒りの色が少し

薄れた。
 
 足早に近寄ると、兵士の腕からサラーラを奪うように抱き取る。

「サラーラ、サラーラ……大丈夫か?」

 しかし返事はない。 気を失っているのか、その目は固く閉じられていた。

 白い頬に何かで切ったような細い傷を見つけ眉を寄せる。その目にまた怒りの色が浮かんだ。

 しかしファビアスは何も言わず、ただそっとその傷に指で触れた。

「サラーラ……」

 大切な宝物を扱うようにそっと、しかししっかりと抱きしめる。

「サラーラ……サラーラ、悪かった。お前をこのような目に会わせるなど……俺が悪かった」

 囁きながら、傷を癒すように唇で触れる。

 腕や足などにも数多く小さな傷を見つけ、ますますファビアスの表情が硬くなった。

 このような傷を負わせてしまった責任が自分にあるように思え、心の中で己を責める。

「サラーラ、悪かった……」

 ファビアスはそう呟くと、サラーラを抱きしめる腕に力を込めた。









「…………ファ……ビアス……さ、ま………?」

 腕の中からかすかな声が聞こえた。

 その声にはっと目を向けると、サラーラの目が開いていた。

「……サラーラッ!」

「ファビアス様……? ファビアス様なの………?」

「ああ、俺だ……サラーラ。 すまない……お前をこのような……」

 言いかけた声が途切れる。 サラーラの手がファビアスの頬に伸ばされたのだ

 その手は目の前の存在を確かめるように、ゆっくりと輪郭をなぞるように動いていく。

 ぼんやりとしていたサラーラの目がだんだんとはっきりしてくる。 と共に、その目に喜びの

色が浮かんだ。

「……………本当に、ファビアス様だ……」

 みるみるサラーラの目に涙が浮かぶ。

「ファビアス様……ファビアス様………っ!」

 両手を伸ばし、男の首にしがみつくように抱きついた。

「ファビアス様………僕、僕、ファビアス様に会いたかった……僕……っ」

「サラーラ……っ!」

 しがみつく体を抱きとめ、ファビアスもしっかりとその体を抱きしめた。

 

 










戻る