楽園の瑕




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 追っ手。

 ギルス達が口にしたその言葉に、サラーラは助けがすぐ近くまで来ていることを悟った。

 来ているのだ、ファビアスが! やはりあの光は自分を助けるものだったのだ。

「ん……ん……っ!」

 自分はここにいるのだと、ファビアスに知らせたい。 

 なんとかして口を塞ぐ男の手を外そうと、サラーラは必死に顔を動かした。 

 声さえ出れば、そうすれば………。

 しかしそんなサラーラの抵抗は、予想外の追っ手の速さに苛立つギルスの怒りを煽るに

十分だった。

「この期に及んでまだ抵抗するのか。 そこまでマナリスを……っ」

「……っ」

 口を塞いでいた手が、サラーラの首にかかった。 首を締め付ける圧迫感に息を呑む。

「っ! ギルスッ 何をしているっ!」

 先を行っていた男達がギルスの異変に気づき、血相を変えて近寄ってきた。

「ギルスッ! やめろっ」

「うるさいっ!」

 止めようとした男の手をギルスは乱暴に払いのけた。 そしてなおもサラーラの首にかける

両手に力をこめようとした。

「ギルスッ」

「うるさいっ 殺してやるっ この裏切り者っ」

「ギルスッ! よせっ 王子を殺せばマナリス王家の血は……っ」

「血など……! こんな穢れた淫売を王位に据えるくらいならそのような血は必要ないっ! 

そんなものがなくともマナリスは再興させてみせるっ」

「ギルスッ!」

「〜〜っ〜〜っ!」

 ギリギリと締め付けられる腕に、サラーラは息もできず苦しさに顔を歪めた。

 ギルスの手を掴み離そうとするが、どうにもならない。

 苦しい……息が……っ。 

 だんだんと意識が遠くなるのを感じた。 息苦しさに頭がガンガンとする。

 必死に息を吸おうと口を開くが、気道を塞がれ空気は入ってこない。

 顔を歪め口をパクパクとさせるサラーラの姿に、ギルスが狂気じみた笑い声をあげた。

「苦しいか? 苦しいだろう。 もっと苦しめ。 これがマナリスを裏切ったお前に似合いの

死に方だっ」

「ギルスッ!」

 ギルスの尋常でない様子に、男達も恐れをなしてしまった。

 サラーラを救おうという気も起こらない。 いや、彼らも心のどこかでサラーラの死を

願っていたのかもしれない。 自分達を、故国を裏切った王子の死を。

 た…すけて……ファビアス様……たす……。

 苦しい。 目の前が暗くなっていく。

 ファビアス様………!

 遠くなる意識の中で、サラーラはただその名を呼び続けた。











「サラーラッ!!」



 突然、吼えるような怒声が辺りに響いた。

 瞬間、首を絞めていた男の手の力が緩む。

 サラーラの意識が一瞬戻った。

 この声は………。

 霞む目に映ったのは………それは、サラーラがずっと心の中で呼び続けていた男の

姿だった。












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