楽園の瑕

 

 

 

 

   「サラーラ様……お体は? どこも痛くはありませんか?」

  部屋に入ると、 兵士達が出ていったのを見た乳母が青ざめた顔で言った。

 「痛くない……大丈夫だけど、 怖かった……あの男が僕の上に乗ってきて……何か

しようとしていた。 とっても嫌な目をして……」

  思い出したサラーラの体がまたがたがたと震え出す。

 「サラーラ様……」

  身を奪われたのではないとわかった乳母は、 ひとまず胸をなでおろした。

  だがそれも……

  ファビアスのサラーラを見る目が、 彼の想いを物語っていた。

  あの王子はサラーラを自分のもの、とまで言いのけたのだ。

  乳母の心に悔しさと無力感が広がる。

 「……サラーラ様、 いいですか。 決してファビアス王子に心を許してはなりませんよ。

あの男があなた様に何をしようとしても……」

 「うん、 僕もわかった。 あの時、あの人も他の誰も僕のことを助けてくれなかった。

この国に僕を助けてくれる人はいないんだ。 誰も信じちゃいけないんだ。」

  サラーラは乳母の言葉に頷いた。

 「マナリスに戻りたい。 あの部屋に帰りたい。 ……ばあや、 もう僕達戻れないの?」

  ずっと閉じ込められるように育ってきたサラーラには、 国が滅びるということがどういう

ことなのか、 よくわかっていなかった。

  ただ漠然と、 もう父や母に会うことは出来ないのだ、 あの場所が自分のものでは

なくなったのだということしか理解できなかった。

 「サラーラ様……」

  帰りたい、と涙をこぼすサラーラに乳母は何も言うことが出来ず、 ただその目に涙を

浮かべるだけだった。









  短期間の間に王座の交代劇を半ば強引に行なったファビアスは、 当座の仕事を慌ただしく

済ませると、 サラーラの部屋へと急いだ。

  別れた際のサラーラの様子が気になっていた。

  もう落ち着いただろうか。

  泣いてはいないだろうか。

  そればかりが頭の中を巡る。

  少しでも早くサラーラの顔を見たかった。

  そしてこの腕の中に抱きしめたかった。

 「サラーラ……」

  召使の開いた扉の中に足を踏み入れながら、 ファビアスは愛しい人の名を呼んだ。

  彼は奥のベッドの上に座っていた。

  その側にはあの乳母も控えている。

 「サラーラ、 大丈夫か? もう落ち着いたか?」

  穏やかな笑みを浮かべながら、 サラーラに近寄ろうとした。

  だが、 ファビアスの姿を見たサラーラは、 その白い顔を強張らせて身を固くした。

  目には怯えと強い不信感、 そしてかすかな敵意が宿っている。

 「サラーラ?」

  ファビアスはサラーラの様子に眉をひそめた。

 「お控え下さい。 サラーラ様はまだ先ほどの……」

  傍らから乳母が口を開く。

  だが、 ファビアスは乳母に不快な目を向けると、 手を振って退出を命じた。

 「……部屋から出ていろ。 俺が呼ぶまで誰もここに入るな。」

 「そんな……っ」

 「ばあやっ」

  顔色を変える乳母を兵士が強引に部屋から連れ出した。

  サラーラは手を伸ばしてそれに縋ろうとした。

  だが、 ファビアスが逃げようとするサラーラをその腕の中に閉じ込めてしまう。

 「……いやっ」

  抗うサラーラにファビアスは眉をひそめた。

 「サラーラ、 どうした。 どこか具合でも悪いのか? どうして逃げる?」

 「いやっ 離してっ」

  さらに強く抱きしめるファビアスの腕の中で、 サラーラが強い拒絶をあらわす。

 「触らないでっ あ、 あなたなんか嫌いだっ! あなたも、 この国も大嫌いだっ!

僕に近寄らないでっ」

  叫ぶように言ったサラーラの言葉に、 ファビアスの表情が変わった。

 







                   
戻る