楽園の瑕
8
王にのしかかられ両足をつかみ上げられた全裸のサラーラの、
恐怖に引き攣り 泣き濡れた顔を見た瞬間、 ファビアスの目の前が怒りで真っ赤になった。 同じく裸の王がその醜悪なモノををあらわにしたまま真っ赤な顔で怒鳴るのもかまわず 足早に二人に近寄る。 「ファビアスッ! これはどういうことだっ 前王とは誰のことを言っている!」 唾を撒き散らしながら怒鳴る王の顔を、 冷たい目で見る。 「あなたのことですよ、 父上。 先ほど将軍、重臣全てのものの了承を得ました。 あなたは退位されたのですよ。」 「知らんっ! わしはそのようなこと承知した覚えはないっ!!」 「無駄です、 父上。 もはやあなたの命令を聞くものはこの城にはおりません。 いや、 この国中の誰もがあなたを王とはもう認めていない。」 「戯言を申すなっ!」 怒りに顔をどす黒くさせて王が怒鳴る。 「……前王を別室へお連れしろ。 抵抗するならかまわん、 拘束しろ。」 「ファビアス!! お前、 どのような権利があって……っ!」 「今は私が国王なのですよ。」 うっすらと笑みを浮かべてファビアスが言った。 「重臣達も認めてくれました。 たった今から私が第7代タラナート国王です。」 「なんだとっっ!!!」 王、 いや前王が怒りのあまり吼えた。 「連れていけ。」 喚き、 怒鳴りながら暴れる前王を数人の兵士が取り押さえるようにして部屋から 連れ出した。 前王の怒鳴り声がしばらく後まで遠くに聞こえた。
前王が出て行くと、 一転して優しい目でベッドの上にうずくまるサラーラに近寄った。 「……触らないで……っ!」 肩に触れようとしたファビアスの手から、 怯えた顔でその身を遠ざけようとする。 「サラーラ?」 「僕に、 触らないで……っ いや……っ」 がたがたと震えながら首を横に振る。 サラーラの心の中は恐怖で一杯だった。 自分にのしかかっていた恐ろしい男は去った。 しかし、 まだ部屋の中には大勢の人間がいた。 そして、 何よりもファビアスの姿がサラーラには耐えられなかった。 あの時、 前王が嫌がる自分を抱き上げ広間から連れ出した時、 必死に助けを求める 自分をファビアスはただじっと見送っていた。 助けてはくれなかった。 そのことがサラーラの心に強い不信感を植え付けた。 ばあやの言ったとおりだ……っ この国の人間は皆信用できない。 信じてはいけないのだ。 サラーラの心は固く閉ざされたのだった。
「サラーラ、 大丈夫だ。 ……もうお前を傷つける者はいない。 これからは俺がずっと お前を守ってやる。」 優しくそう言うファビアスの言葉に頑なに首を振るサラーラに、 どうしていいのか わからなくなる。 「……サラーラ、 その姿では風邪をひく。 服を着せてやろう。」 「いやあっ!」 衣服を片手に足を踏み出したファビアスの姿に、 サラーラがまた悲鳴をあげた。 体の震えが大きくなる。 「サラーラ……」 途方にくれるファビアスの耳に、 女の叫び声が入った。 「サラーラ様っ!!」 見ると、 サラーラの乳母が血相を変えて部屋に入ってきた。 「ばあや……っ」 サラーラは乳母の姿を見ると、 顔をくしゃくしゃにして手を伸ばした。 その姿に、 ファビアスのこころにちりりと焦げるような痛みが走った。 「ああ、 サラーラ様っ 何てお姿を……っ」 抱きつくサラーラを守るように腕の中に抱きしめながら、 乳母がベッドのシーツを 身体に巻きつけた。 「ばあや……ばあや……っ」 乳母の胸の中で安心したようにサラーラが泣きじゃくる。 「もう大丈夫ですよ。 このばあやがついていますからね。」 あやすようにサラーラの背中を撫でる。 「……サラーラを俺の隣室に案内しろ。」 たまりかねたようにファビアスが口を開いた。 言葉を受けた兵士が、 命令に従おうとする。 「……っ! いやっ」 「何を……ファビアス王子っ どういうことですっ サラーラ様を隣の部屋になど……っ」 乳母がファビアスの言葉に顔色を変える。 「決まっている。 サラーラは俺のものだからだ。」 「そんな……っ」 厳しい顔つきでそう言ったファビアスに、 乳母が絶句した。 「……サラーラ様は卑しくもマナリス王家の第ニ王子なのですよ。 しかも今となっては 王家の血を引くたったお一人のお方。 それを……」 「忘れたのか。 マナリスは滅んだ。 今は俺があの地の王だ。 そしてお前もサラーラも その命は俺が握っている。 ……それとも奴隷に落とされたいか。」 冷たくそう言われ、 乳母の顔色が蒼白になった。 何も言えなくなった乳母が震える手でサラーラを抱きしめる。 「ばあや……」 その様子を見ていたサラーラが泣き濡れた顔をあげて乳母を見る。 「……ばあや、 大丈夫。 僕、 行くから……」 「サラーラ様……」 乳母が泣きそうな顔でサラーラを見る。 兵士に取り巻かれ、 乳母とサラーラは静かに前王の寝室を出ていった。 ファビアスは暗い顔でそれを見送った。 |