楽園の瑕




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 目の前に黒く広がる森を睨みつけながら、ファビアスは馬の足を止めた。

「陛下」

 後に続いていたリカルドも、強行軍のために荒い息を吐く馬を宥めながら森に目を向けた。

「……こちらには初めて来ましたが……大きいですね」

 目の前の森は終わりが見えないほど大きく広がり、そして深い。

 ファビアスはちらりと背後に目を向け、自分の後に従ってきた直属の配下の兵士達が揃いつつ

あるのを認めた。 数十人の兵士達はいずれも数々の戦で自分の指揮の元動いてきた信頼の

置ける者ばかりだ。

「兵士を四手に分ける。 リカルド、二団を率いて西から回れ。 俺は東から回る」

「御意」

「奴らを見つけ出したらすぐに矢笛で合図をしろ。 いいか、サラーラの身の安全が第一だ」

「マナリスの連中はどういたしますか」

「斬り捨てろ」

 リカルドの問いにファビアスの目が獰猛に光った。

「このタラナート王の妃を攫ったのだ。その罪は大きい。容赦はいらぬ、皆殺せ」

「御意」

 リカルドの口元に冷たい笑みが浮かぶ。

 奴らも馬鹿なことをしたものだ。 この王を怒らせるなど………。

 リカルドにしても奴らを逃がす気は毛頭なかった。 

 一人残らず片付ける………後々の禍根を残さぬように。



 夜の闇の中、怒りに燃えた男達が獲物を追い詰めようと暗い森の中へと入っていった。













 ………どっちに行けばいいんだろう………。

 暗い森の中、サラーラは少しでも遠く彼らから逃れようと、必死に慣れない足取りで歩いていた。

 履いているのは薄い布の部屋履きだけ。 ごろごろした石や木が転がる地面を歩くには到底

向かない。

 何度も転びそうになりながら、それでもサラーラは一生懸命歩を進めた。

 自分が今どこにいるのかもわからない。

 どちらに行けばこの森を抜けることが出来るのかもわからなかった。

 ただ今は少しでもギルス達のいる所から離れなければ、それだけだった。

 早く……早く……。

 今頃はもう自分がいなくなったことに気づいただろうか。

 背後から今にも男達がやって来るのではと、恐怖心に追われる。 

 捕まるわけにはいかなかった。 捕まれば、このお腹の子供が殺されてしまう。

 それだけは嫌だった。

 大丈夫、僕が守ってあげるからね………。

 腹に手を当て、囁きかけながらサラーラは夜の森をひたすら歩き続けた。









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