楽園の瑕
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動いた……お腹の中で………。 震える手で腹をさする。 ここに、いるんだ………本当に、生きて、ここに………。 初めて、本当に子供の存在を実感した。 この中で子供が生きているのだということを。 僕の………子供………。 急激に、息の詰まるような切ない感情が押し寄せてくる。 もう、待っていてもそれ以上の動きは感じられなかった。 しかし、サラーラの心の中には先ほどの感覚がしっかりと残っていた。 ここにいるのだと、お腹の中から話しかけられた気がした。 そしてサラーラは今、はっきりとお腹の中の子供に対する愛情を感じていた。 それは初めての感情だった。 心の内から込み上げる激しい思い。 守りたい……この、自分の中にいる命を。 守りたい、守りたい……! 男達はまだ何か話している。 しかし、サラーラの耳にはもう聞こえていなかった。 自分の体をぎゅっと抱きしめる。 体がかすかに震えていた。 しかし、その目には先ほどまでの怯えはなかった。 その代わり、今までになかった強い光が宿っていた。 シン、とした真っ暗な夜。 サラーラは身を横たえじっとしたまま、息を潜めて周囲の様子を窺っていた。 先ほど、見張りのため起きていた男が交代した。 交代した男はすぐに眠りについたようだった。 今、起きているのは一人だけ。 男達の休んでいる場所とサラーラのいる場所は少し離れている。 一応、王子という身分を憚ってのことのようだった。 サラーラのとって幸いなことに。 ………そう、サラーラはこの男達の元から逃げようとしていた。 一人で。 お腹の子供が殺される、と知った時、決心したのだ。 逃げなければ、と。 逃げて、何とかしてファビアスの元に帰るのだ。 ここが離宮からどれだけ離れているのかわからなかった。 どこに行けばいいのかも わからなかった。 しかし、男達から逃れることがまず第一だった。 後のことはそれから考えればいい。 逃げるなら早いうちに。 遅くなればなるほど、ファビアスの元から遠くなる。 サラーラは必死に考えていた。 自分のすべきこと、それが今の自分には何故かわかった。 自分でも不思議だった。 どうしてこんなことを考えられるのか。 「………絶対に守るから……」 お腹に手をあて、小さく呟く。 大切な、大切な愛しい命。 自分が守るべき命。 サラーラは決意を秘めた面持ちで、見張りの男の動きをじっと追っていた。 逃亡の機会は、しばらくしてやってきた。 見張りに立っていた男がそわそわとしだしたかと思うとキョロキョロと辺りを見回し、そして サラーラの方に目を向け様子を確認すると、腹を押さえながらそそくさと森の茂みへと入って いったのだ。 サラーラはすぐに身を起こし、男の気配を窺った。 そして戻ってくる様子がないことを見て取ると、急いで上に羽織っていた上着を脱いだ。 それを地面に敷いていた布で包み、人が横たわっているような形を作る。 少しでも自分が逃げたことに気づかれる時期を遅らせるために。 薄い寝着に冷たい夜風があたる。 しかし今のサラーラはそんなことに気づく余裕はなかった。 早くここから逃げなければ……! その一心だった。 もう一度男達の眠る方に目を向け、気づかれていないことを確認する。 そして、サラーラはそっと、静かに木々の生い茂る森の中へと入っていった。 |