楽園の瑕




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 ひそひそと聞こえてくる声に、サラーラはふと目を覚ました。

 夕食の準備に動き回る男達に怯えながら、それでも一日中馬の背に揺られていた疲れから

いつのまにか眠ってしまっていたようだった。 精神的な疲れも大きかっただろう。

 横たわったまま、サラーラは声の聞こえてくる方にそっと目を向けた。

 少し離れた、焚き火の側でギルス達が何か話しているようだった。 

 何か、嫌な予感がした。

 男達の顔つきが尋常ではなかったからかもしれない。

 じっと身を丸め、息を潜めながら耳をそばだてる。

「…………から、……王子には……」

 王子という言葉にびくっとする。

 自分のことを話しているのだとわかった。

 何………何を話しているのだろう……。

 込み上げてくる不安にサラーラはますます身を縮めた。

「仕方がないだろう。 あの体ではもう流すことは不可能だ」

 流す? 流すとは何のことだろう………。

「今、王子に死なれては困る。 王子にはマナリスの象徴として生きていてもらわねばならぬ

からな。 たとえあのような者でも、国民が敬愛するマナリス王家の血を引く人間だ」

「まったく、何ということだ。 いくら王家の血を引くからといってあのような汚らわしい……」

「わかっている。 マナリスが再興さえすれば王子には早々に消えていただく。 あれの役目は

ただ王家の血を絶やさぬことだけだ。 お世継ぎさえ生まれれば……」

「あれに産ませるのか? あの体では女を宛がってももう子を為すことなどできんだろう。

見るからに男に抱かれることに慣れてしまっている」

「なら男を宛がうさ」

「種馬か。 そしてその役目はお前というわけか、ギルス。 お前なら血筋からいっても

申し分ないからな」

「ふん。 仕方がない、子を孕むまでせいぜい楽しませてもらうさ。 いや、こちらが楽しませる

ことになるのか。 何しろタラナート王には毎晩可愛がってもらっていたそうだからな」

 男達の含み笑いが聞こえる。 嫌な、笑いだった。

 子を、孕む? 誰の? 

 サラーラはそっと自分の腹に手をやった。

 すでにここには子供がいるというのに………自分とファビアスの子が。

 一体彼らは何を言っているのだろうか。

「あの腹の子はどうする? 流すことが出来ぬとあれば産ませてしまうしかないが………

あの王の子だぞ」

「すぐに始末するに決まっているだろう。 タラナート王家の穢れた血を引く存在など生かして

おくわけにはいかぬ」

「可哀想に。 生まれたと同時に死ぬ運命か」

 そう言う声には少しの哀れみの色もなかった。 むしろ楽しそうに言葉を続けている。

「せめて一思いに殺してやるさ」

「っ!」

 サラーラはすんでのところで悲鳴を上げるところだった。

 殺す? 殺す?! この子を……?!

 腹に置いた手に力を込める。

 この、お腹の中の子供を殺すというのか? そんな…………っ

 目の前が真っ暗になる。

 体が震えだすのを止めることができなかった。

 どうしよう………どうしよう………。

 パニックを起こしそうになりながら、 サラーラは自分のお腹を守るようにさらに体を丸く縮めた。



” お前に似た子だといいな……お前によく似た…… ”

” 俺とお前の子供だ。 可愛いに決まっている ”



 ファビアスの優しい声が耳に蘇る。

 愛しそうにお腹に触れた手の温かさを思い出す。

 ファビアス様……どうしよう…………。



 そのとき、腹に違和感を感じた。



「………っ?」

 はっと息を呑む。

 息をするのも忘れて、ただじっと体を強張らせる。

 しばらくして、また同じ…………。

「あ…………」

 サラーラは目を見開いた。

 腹に置いた手に、かすかな振動が伝わってきた。



 ……う、ごいた………。



 それは初めてサラーラが感じた胎動だった。



 





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