楽園の瑕




85












 フォーンの森はとても大きい森だった。

 高い木々が覆い重なるように生い茂り、日の光が届かないため昼間も薄暗い。

 サラーラは馬の背に揺れながら、不安そうに周りを見回した。

 どこを見ても、木々ばかり。 他には何も見えない。

 空を見上げようとしても、目に入るのは葉の生い茂る枝ばかりだった。

 目の前で、剣を持った腕が動く。 腕の動きと共に視界を遮っていた枝がばさりと落ちた。

 その腕はまた、次々と別の枝を切っていく。

 腕が振り下ろされるたびに、サラーラの背に振動が響いた。

 腕の持ち主はサラーラの後ろにいるギルスだった。 正確には、同じ馬の上、ギルスの前に

サラーラは座らされていた。 

 うっそうと茂る木や茂みに阻まれて、一行の歩みは遅々として進まなかった。

 予想外の事態に、ギルス達の苛立ちが募っていくのがサラーラにも感じられた。

 時々男達が上げる荒い罵声に、サラーラの肩がびくっと震える。

 全てが恐ろしかった。 男達の罵り声も、険しい顔も、暗い森も、枝を切り落とす剣の音も、

サラーラを拘束するように背後から回されたギルスの腕も、全てが恐ろしくて仕方がなかった。

 そして、ギルスの腕が時々意味ありげにサラーラの体に触れるのも、サラーラの恐怖を

煽った。

 今もギルスの手が服の上から横座りしたサラーラの太ももを確かめるように撫でている。

 その感触にサラーラは気持ちが悪くなるのを覚えた。

 耳元に男の荒い息がかかる。

 太ももに置かれた手がそろそろとその奥に向かって動き出した時には、サラーラはもう少しで

悲鳴を上げるところだった。

 激しい恐怖と嫌悪感が沸き起こってくる。

 しかし、その時馬の歩みが止まり、ギルスの手はサラーラの下肢から離れていった。

 安堵にほっとする。

「今日はもうこれ以上は進むのは無理だろう。 野営の準備だ」

 ギルスは馬から下りると、男達に指示を始めた。

 気づかなかったが、もう夕方近い時間になっていたらしい。

 サラーラも馬から下ろされ、地面に敷いた布の上に座らされた。

「お体の具合はいかがですか? どこか…?」

 前に跪いたギルスが尋ねてくる。 しかし言葉とは裏腹に彼の目にはサラーラを案じる色は

なかった。 冷ややかに、様子を観察している。

 何も言えないまま、サラーラはゆるゆると首を振った。

 震える手で自分の服をぎゅっと握り締める。

 目の前の男を見ることが恐ろしかった。

 一日、この男と一緒に馬に乗っていた。 時間が経つにつれ、サラーラの心に、男に対する

恐怖が大きくなっていく。

 その声の冷ややかさ、 目の冷たさ、 そして、自分に対する男の態度。

 男の手が遠慮会釈なく、体を触れていった感触を思い出す。

 他の仲間達には知られぬよう、しかし執拗に男はサラーラの体を探り続けた。

 逃れようとしても、馬の上では逃れる術さえなかった。

 嫌悪感に耐え切れず、悲鳴を上げようとしたサラーラに、ギルスは耳元で囁いた。

「………ここで悲鳴を上げられますか? 私はいいのですよ。 貴方が望んだことと、その御体

に触れられるのをとても望んでおられると申し上げますから。 こうやって私を誘ったと。

奴らは喜ぶでしょうね…………喜んで参加することでしょう。 貴方の体に触れる手が増える

だけです。 よろしいのですか?」

 ギルスの言葉に、サラーラは体を強張らせるしかなかった。

 目の前を行く男達の手が、目が、自分に向けられる………想像しただけで恐ろしかった。

 恐怖に目を見開き、蒼白な顔で言葉を失うサラーラに、ギルスは満足したようにまたその手を

伸ばしてきた。

 サラーラは耐えるしかなかった。 男の手がさらに無遠慮に体をまさぐっていくのを。 

 ただ救いだったのは、服の中にまで男の手が入ってこなかったことだった。 

 サラーラは攫われたときの寝着のまま、その上から大きな上着を着せられていた。 男は

その上着の中に己の手を差し入れ、薄い寝着の上からサラーラの体をまさぐり続けた。

 恐ろしさのあまり、サラーラはガタガタと震えながら涙を零した。

 ギルスはそんなサラーラににやりと笑うと、顔を首筋に近づけ、白いうなじに唇を這わせた。
 
 また激しい嫌悪感が込み上げる。

 しかしサラーラにはどうすることも出来なかった。

 ただ、ひたすらずっと、耐え続けるしかなかった。

「しばらくこちらでお休みください。 すぐに夕食の用意をいたします」

 慇懃無礼に言う男に、サラーラは恐怖に体を強張らせながら小さく頷いた。何も言えなかった。

 ギルスはそんなサラーラを蔑むような目で見下ろすと、野営の準備に動き回る男達の元へと

歩いていった。

 男が離れていったことで、ようやくサラーラはほっと息をついた。

 しかし、心には男に対する恐怖がしっかりと根付いていた。

 これから自分はどうなるのだろう………。

 恐怖と心細さに胸が苦しくなる。

 王子と呼びながら、男達は決して自分に好意を持っていない。 それどころか、時々敵意すら

感じた。 自分に向けられる目が冷たかった。

 しかしサラーラには、それが自分がタラナート王の子を宿しているためだと、母国を裏切り

敵王と通じた汚い恥知らずと見做されたからとわからない。

 ただ、彼らは決して自分の味方ではないと、それだけははっきり感じていた。



 





戻る