楽園の瑕




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「首尾よくいったようね」

「モルディア殿!」

 ぐったりと気を失ったサラーラを抱えたまま、呆然としていたギルスは、声をかけられて

はっと振り向いた。

「これは……これは一体どういうことだっ!」

 眼前に現れた女に、動揺を隠せない声で荒く問う。

 こんな……自分達の敬愛すべき王子が、どうしてこのような姿なのか。

 これはどう見ても、子を宿している体ではないか。

 一体自分達の王子は………。

「あら、知らなかったの?」

 モルディアは、困惑の色を隠せないギルスに、面白そうに笑った。

「あなた達の王子様は、半陰陽なのよ。男であり、女でもあるってね」

「っ!」

 驚きのあまり、ギルスは大きく息を呑んだ。

 もう一度、腕の中のサラーラに目を落とす。

「半……陰陽…?」

 気を失い、青ざめたその顔は、確かに男しては線が細すぎる。

 透き通るほどに白く滑らかな肌、ほっそりとした流線を描く頬を覆う髪もどこまでも白い。

 その中で、今は閉じられた眼だけは、眼を奪われるほどに赤かった。

 初めて見る王子は想像とは全く違う容姿の持ち主で、そして、息を呑むほどに美しかった。

「半陰陽……」

 そのような存在がこの世にいるとは耳にしていた。

 しかし、まさか自分達の主となるべき人間が、それだとは。

 ギルスは、サラーラが国中からその存在を秘されていた訳を悟った。

 この容姿、そして半陰陽だという事実。

 そこで、はっと一つの疑問に行き当たった。

 では、サラーラ王子の………。

「………モルディア殿……」

 嫌な、予感がした。

 サラーラを抱く腕に力がこもる。

「……モルディア殿。……サラーラ王子は……この方の腹の御子の、父親は………

サラーラ王子は一体誰の御子を宿していらっしゃるのだ?」

 尋ねながら、どこかで予想していた。

 サラーラ王子の相手は………それは……。

 モルディアのどこか面白そうな声が耳に響いた。



「ファビアスよ。 あなた達のもっとも憎むべき相手、この国の王よ」



 ギルスの心の中を衝撃と、言い知れぬ失望が襲った。







「………ファビアス王の、子…だと?」

 食いしばった歯の間から、唸るような声で言う。

 衝撃は、すぐに怒りへと変わった。

 その怒りの矛先が向けられたのは、

「では、ファビアス王の正妃というのは……」

 最近、王の正妃が懐妊したという噂を耳にしていた。

 そして、王がこの結婚したばかりの正妃をこの上なく寵愛していると。

「それが、サラーラ王子だったというのか……っ」

 まさか、王子が敵国の王の妃になっているとは…!

 裏切られた、という思いが胸のうちに沸き起こる。

 おめおめとファビアス王などにその身を委ね、あまつさえその憎むべき王の種を宿すとは!

 何よりも尊く思えた腕の中の体が、途端に汚らわしいものに思えてきた。

 自分達を、故国を裏切った証であるその腹の膨らみ。

 どうしてくれようか、と暗い感情に襲われる。

「どうしたの? 王子を取り戻すことができたのなら、早くここから逃げないと」

 モルディアが、そんなギルスの様子を見て、内心ほくそ笑みながら言った。

 彼の様子を見ればわかる。
 
 今、彼がどんなに激しい怒りに襲われているか。

 さあ、どうする? 

 そんな王子でも国に連れて帰るつもりかしら? 
 
 それとも裏切り者はたとえ王子でも殺しちゃうのかしら?

 モルディアとしては、この場でサラーラを殺して欲しかった。

 自分の目の前で。

 ファビアスを誘惑したその肢体を、顔をずたずたに切り裂いて欲しかった。

 そうすれば、溜飲も下がるというものだ。

「どうするの? 王子を連れていくの?」

 それともあなた達を裏切った王子を、いっそ殺してしまう?

 男をけしかけるように言う。

 ギルスは怒りに満ちた目でサラーラをじっと見ていた。

 が、モルディアの期待とは違う行動をとった。

「……いや」

 サラーラを腕に抱いたまま、すっくと立ち上がる。

「このような王子であっても、マナリス王家の血を引くたった一人の方だ。 マナリスに、

ご自分の故国にお帰りいただこう」

 国を裏切った咎は、その身に受けていただく。

 そう低く呟くギルスの眼は、憎悪と、どこか狂気を孕んでいるように見えた。












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