楽園の瑕




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「本当にここに王子がいらっしゃるのか?」

 低い、男の声がした。

「間違いないわ。 先程王は一人で城に戻ったようね。 としたら、王子はまだここにいるわ。

助け出すなら今よ」

 応じる女の声がする。

「ここに………我らの王子が……」

「すぐにお助け申し上げよう」

「見れば警護の者はそれほど多くはない。 我らだけでも充分だ」

「しかし……もうしばらく様子を見なければ、チャンスはこの一度きりなのだぞ」

 早くお助けを、と逸る仲間を最初の男の声が制する。

「何故ここに幽閉されているはずの王子がいらっしゃるのかわからぬが、王城に

戻られてはまたお助けすることが難しくなる。 慎重に事を運ばねば……」

 「大丈夫よ」

 懸念する男の声を女の声が遮る。

「門の警備の者達は私が上手く言い包めるわ。 中に入ってしまえばこちらのものよ。

上手く王子を見つけ出し、あとは国境まで一気に馬で走るのよ。 ここからなら

一番近くの国境まで三昼夜も走ればたどり着ける」

「馬は……」

「この離宮の裏側に厩舎があるからそこから奪えばいいでしょう。 国王所有の厩舎ですもの。

いい馬が揃っているわ。 それに追っ手の足を奪うことにもなる。 少しでも追っ手を遅らせる

ことができるわ」

「なるほど……」

 女の言葉に男の決心がついたようだ。

「では、頼むぞ。 モルディア殿」

「まかせて」

 不敵な笑みを浮かべながら女……モルディアは離宮の門へと歩き出した。





 サラーラが静養のために離宮に向かったと聞いたモルディアは、すぐさまかねてより

よしみを通じていたマナリスの残党達と連絡を取った。

 サラーラが滞在するだろう離宮は見当がついていた。

 ファビアスが気に入っている離宮はそれほど多くはない。 その中でサラーラが静養

できるほどの大きさと設備が整っている所、周囲が静かな場所、そしてなにより王城より

それほど遠くない所といえば限られてくる。

 モルディアの予想は当たっていた。

 王城から半日も馬を飛ばせば着くその離宮にサラーラはいた。

 彼らの滞在を確認したモルディアは、残党達と共に計画を実行できる機会をずっと

窺っていたのだ。

 ファビアスが離宮に到着したのを見た時は、このままサラーラはまた王城の固い守りの

中に帰ってしまうのかと案じたが、しかし何故か出てきたファビアスは一人だった。

 彼が帰ったすぐ後、今夜チャンスだった。

 公務に忙しいファビアスのこと、次に訪れるのは早くとも数日後のことだろう。

 城に連絡が入り、追っ手をかけるにしてもそれからだと時間がかかる。

「そうよ。今がチャンスなのよ」

 モルディアはほくそえんだ。

「見てなさい。 あの忌々しい化け物も、この私を捨てたファビアスもうんと苦しめば

いいんだわ。 ……ふふ、自分達の敬愛する王子が憎むべき敵国の王の正妃であり、

しかも子供まで宿していると知ったら…………この男達はどうするかしらね」

 裏切られたと、サラーラをその手にかけるかもしれない。

 憎い憎いサラーラが死ねば………。

「そうなればどんなに素敵かしら」

 モルディアはその場面をうっとりと想像した。












「何者だ! ここは国王の離宮だぞ! 即刻この場より立ち去れ!」

 モルディアが門に近づくと、警護をしていた兵達が警告の声を発した。

「無礼者! 門をお開けなさい!」

 しかしモルディアはひるむことなく、傲然と兵達に開門を命じた。









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