楽園の瑕



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「好き? 僕がファビアス様を?」

「ええ、とってもお好きなのですね。お好きだから会えなくて寂しいのでしょう」

「好き………」

 僕がファビアス様を好き? 彼のことが好き?

 考えこむ。

「……………わからないよ。 だって、どうして好きだったら寂しいの? 僕、クルシュのことも

好きだよ? でもクルシュが傍にいなくても胸がきゅうって痛くならないよ?」

 ベッドの傍らに寝そべる愛犬に目をやる。

「サラーラ様。 それは好きの種類が違うのですよ。 王へのものは特別な好きなのです。

だから寂しくなったり胸が痛くなるのですよ」

「特別の……好き?」

 またサラーラの顔に困惑の色が浮かぶ。

 何が違うのか、わからない。

「そうでございます。 この世の中でたった一人だけに向けられる特別の好き、です」

「この世……たった…一人……」

 ファビアスだけに向けられる、たった一つの、好き……?

 クルシュに対するものでも、ノーザやキリ達に対するものとも違う、特別なもの……。

 そうなのだろうか。

 自分はファビアスが好きなのだろうか。 特別に?
 
 だからこんなに寂しくなって、胸が痛い?

「まあまあ。 王がお聞きになったらどれほどお喜びになられるか」

 ノーザが嬉しそうに言う。

 ファビアスがどんなにサラーラの心を欲していたか、ノーザは知っていた。

 そしてそんな彼の想いがサラーラに早く届くようにと願っていた。

 今、この場にファビアスがいないことがとても残念だった。

 しかし、それも少しの間だけだ。

 数日後には迎えが来る。

 そうしたら、今度こそ二人は心も通じ合う本当の夫婦になるのだ。

「サラーラ様、 さあさ、早くお休みを。 今度王にお会いになる時にまたお元気なお顔を

見せられるようになさらないと」

「うん」

 上掛けを首まで掛けられ、素直に従う。

 お休みなさいませ、と告げて部屋を退出するノーザを見送りながら、サラーラはまだ

考えていた。

「………好き……好き……好き? ファビアス様が…好き?」

 本当に自分は彼が好きなのだろうか。

 だったら、ファビアスにそう言えば彼は何と答えるのだろうか。

 彼も自分が好きと言うだろうか。

 ふと、彼の言った言葉を思い出す。

「………そうだ。 ファビアス様はよく僕に、愛してるって、そうおっしゃっていた……」

 愛してる……それはどういう意味? それも特別なものなのだろうか。

 特別の好きとはまた違うものなのだろうか。

「ファビアス様に聞いたら、教えてくれるかなあ……」

 ふぁ、とあくびをしながら呟く。

 今度、彼に会ったら尋ねてみよう……。

 ゆっくりと眠りに落ちながら、サラーラはそう決めた。

 あの寂しさが少し薄らいだような気がした。




 そして、部屋の中には静かな寝息だけが満ちていった。















 


 離宮の中の人間が眠りの世界へと入っていく頃。

 ほの暗い月明かりの中、離宮からそれほど遠くない場所から建物の中の様子を窺う

不穏な気配があった。










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