楽園の瑕



73







「ファビアス様、行っちゃった………」

 窓の外をじっと眺めながら、サラーラは呟いた。

 その目はファビアス達の消えた方向から離れない。

「お寂しいでしょう。ご一緒にお帰りになればよろしかったのに」

「うん………」

 寂しそうな様子を見せるサラーラに、ノーザが優しく言う。

 サラーラはその言葉にちょっと顔をゆがめた。

 こんなに寂しくなるなんて、思っていなかった。

 ファビアスに城に帰ると言われた時は、子供達と離れるのは嫌だということしか頭になかった。

 だから、あんなに我儘を言ってファビアスを困らせた。

 でも、いざファビアスが帰ってしまうと、どうしようもない寂しさと空虚感が襲ってきた。

 会いたい……

 たった今別れたばかりなのに、もうファビアスに会いたくて仕方がなくなる。

「僕、どうしたんだろう……」

 こんなことは初めてだった。

 こんなに誰かに会いたいと思うなんて。会いたくてたまらなくなるなんて。

「……やっぱり一緒に帰ればよかった………」

 ぽつりと呟く。

 ファビアスがもっと強引に言ってくれればよかったのに。 強引に連れて帰るって、

そう言ってくれたら、そうしたら自分も諦めて今頃彼と一緒に城に向かっていただろうに。

 なのに、リカルドと一緒に別の部屋に行った後、ファビアスは急にここに残ってもいいと

言い出した。

 すぐに会えるのだから、もうしばらくならいいと。

「ここは空気もいいし城にいるよりもずっと体にいいだろう。満足するまでゆっくりと過ごせ」

 そんなことまで言った。

 その時は単純にここに残れることが嬉しかったのに。

「さあさ、今夜は早くお休みくださいませ。王のお越しでお疲れでしょう。湯殿のご用意を

いたしましょうね」

 しょんぼりとするサラーラを気遣い、ノーザがことさら明るく話しかける。

「王もサラーラ様がいないことを寂しくお思いになられて、すぐにお呼び寄せになられるに

決まっております。大急ぎでキリ達の手配をされることでしょう。すぐにお城で王に

お会いになれますよ」

「うん……そうだね」

 そうだ、ファビアスもすぐに迎えを寄越すと言っていた。

 ほんの、少しの間のことだ。

 サラーラはそう自分に言い聞かせた。







「………ねえ、ノーザ」

 ベッドに入ったサラーラは、部屋の中の見回りをするノーザにそっと話しかけた。

 ファビアスが帰ってからずっと、考えていたことがある。

「はい?」

 サラーラの問いかけに、ノーザがベッドの枕元にやってきた。

「サラーラ様? 何かお入用でしょうか?」

「ううん………あのね、僕ね……」

 言いかけて、口ごもる。

「サラーラ様?」

 言いにくそうにしている様子に、優しく先を促す。

「あのね……僕ね、……ファビアス様がお帰りになってからちょっと変なの」

「変、とは? お体の調子がお悪いのですか?」

 突然の言葉にノーザは眉を顰めた。 大事な体に何かあってはと気色ばむ。

「ううん、そうじゃないの。体じゃないの。……あのね、胸のこの辺がね、きゅうって痛いの」

 自分の胸を手で押さえる。

「まあ……」

「何だか胸がスースーして寂しい気がするの。どうしてだろう……」

 不安そうにノーザを見上げる。

「僕、病気かなあ……」

 ノーザの顔に笑みが浮かぶ。

「王がお帰りになってから、でございますか?」

「うん」

「胸が痛くてとってもお寂しいのですか?」

「うん、そうなの」

「そして王にお会いになりたくて仕方がない?」

「ノーザ、どうしてわかるの?」

 告げていないことを言う侍女に、サラーラがびっくりした目を向ける。

「サラーラ様………」

 ノーザはたまらず嬉しそうに笑い出した。

「ノーザ?」

 どうして彼女が笑うのかわからず、サラーラはただ困惑するばかりだった。

「サラーラ様、サラーラ様は王がお好きなのですね」

「好き?」

 考えてもいなかったことを言われ、サラーラは目をぱちくりとさせた。












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